第7話 逃牛

 空は晴れ。燃える陽の火に照らされて。僕は今、草原を駆け抜けています。




 くまさん討伐からかれこれ数時間、ぶっ通しで走り続けている。

 故郷から最も近く、全く近くない次の街は、話によれば一日でまぁ着かなくもないような距離にあるらしい。

とはいえ、野宿はしたかねぇなぁというのが今の僕の心境。旅となりゃあ当然野宿もせにゃならんのだが、なんてったって僕は転生者。そんじょそこらのお嬢さんのように「わぁ、野イチゴがあるわ!食べちゃいましょパクッ」みたく野性的な育ちをしてないんだ。こっちに来てから幾分か自然に対して寛容的になったというか、例えば地面に寝転がったり、3秒ルールが10秒ルールくらいに拡張されたり。

 ともかくまだ野宿するだけの覚悟ができてないのだ。

 ゆえに、僕は走る走る。風より速く走るから追い風が向かい風になる。


「この調子でいけば街には今日中に着くね」


そう、この調子でいけば…だ。当然旅というのはトラブルがつきものなわけで…


「fgじぇfjgぬsごしゅおgろえhghhj!!!」



「kのlsdlgんsんdんwslbにrsんgrじ!!」


This is the trouble.


今何が起きているのか説明しよう。僕の眼前に映るは大量の牛。牛というか、なんというか闘牛みたいなやつら。おそらく群れだろう。正体不明の畜生が群れで奇声を上げながらこちらへ突進してくる。

どこかで見たことが…


「あっ!ビーフシチューだ!」


そうビーフシチュー。こちらにシチューという概念があるのかは知らないが、とてもシチューによく似た謎の汁物がこの世界にはある。詳細は不明。ただその中に入っていた肉は間違いなくあいつらの祖先だ。鍋の横に牛みたいなやつの頭が生々しく置かれていた。ひ、非常に食欲をそそられたのを覚えている……

 確か名前は、えぇと、ケンタロン…?え、そんな可愛い名前だったっけ。いやそうだ、はじめその名を聞いた時も同じギャップ萌えを感じたものだ。

 さて問題はこの群れをどうすべきか。こたえは一つ。


「ぶっとばす」


僕とケンタロン達との距離は数百メートル。これならアレを使うまでも無いだろう。あ、ちなみに僕は避けるという選択肢を辞書から消してある。当然正面突破以外あり得ない。

 僕は足を止めて右手に魔力を一斉集中させる。今回厄介なのは相手が複数体いること。一発でけりをつけるには……ドミノ倒しだ。

あと100メートル、80メートル、50、40、20…まったな。


「sdんkjdsjしhvbshvbkfんj!!」


僕はケンタロンに向かって走り出し、同時に飛び上がる。拳を振りかぶり、ふるった先はケンタロンの先頭!…から1メートル前方だ。溜まった魔力が解放され、地面に向かってとんでもない風圧が降り注ぐ。結果小規模なクレーターともいえる円状の穴が地面にく。


「この間、0.5秒」     ※事実


そしたらどうなるか。ケンタロンの先頭にいた個体は体勢を崩し蟻地獄が如く穴に落ちていく。その次も、その次も。次第しだいにつっかえはじめ、途中でケンタロン同士がぶつかり合い、最終的に群れ全てが転倒する。


「おっし」


計画通り。

なぜ僕がこいつらを痛めつけたか。当然これに意味はない。意味はないのだが、こいつらは人を見つけるとなりふり構わず群れで突撃してくる。今回もそうだ。僕にとってこいつらを撒くことは造作もないことだが、他の人たちからすれば脅威でしかない。ここで僕が対処しておく必要があった。それは義務であって、意味のあることではない。まぁわけわからんこと叫びながらつっこんでくるのムカついたのもあるんだが。

そういう習性があるからか、狩りをするには最適な奴のようで、良く食卓に並ぶ肉になるわけだ。まぁ獲物の方から突っ込んで来てくれるしなぁ。

ただ、こいつら群れで行動する割に個々がそれなりに強いもんでなかなか生け捕りにするのは難しい。なので僕の目の前にあるでかい穴の中で活き活きとしているこいつらはなかなかレアなわけだ。


「ぐふふ…金になる……」


よだれが垂れる垂れる。

それからというもの、空は青く、は鮮やかに。僕は今、草原で牛に追われて走っています。


 これには全て意図がある。まず僕はこいつらより足が速い。でもってこいつらの群れは全員生きているどころか攻撃されて興奮状態にあるようだ。そしてこいつらの生け捕りは相当高く売れる…この意味、わかるよな。

 そう!街まで牛さんとおいかけっこなのだ‼えへへへ…今夜が楽しみだぜ……


と、いうわけで今全力疾走してるわけなんだが全然街が見えてこない。もう日が暮れ始めてるからなぁ。牛さんたちと野宿パーティートゥナイトするのは厳しい。そもそもはたから見れば牛引き連れて草原を全力疾走してるこの構図もなかなかにおかしいのだが、この際もうどうでもいい。

そもそもさっきから一人も見かけてないし、いるとすればバカでかい鳥みたいなやつが飛んでるくらいで、ただただ広大で美しく、騒々しさを除けば何の変哲もない草原だ。なぜ騒がしいのか、言うまでもない。牛共かれらだ。





日も暮れかけて、夕闇というべき夕日を侵食する闇の中、僕はまだ走っている。

嬉しいことに遠くはあるが、街らしき外壁が見えてきた。もうひと踏ん張りなのね。


「行くぞお前らー‼ここが正念場だ!」


「おwjヴぉいsdヴぉksにおgjsぎおkじじょjぢjrぎjf!!」


走る走る、追う者に追われるもの。よもや猟奇的かつ狂気的なこの関係に、もはやその表現は適切でなく、


―追わせる者に、追わされるもの―


追う者は追われるものに勝る。ケンタロンは、位置こそ違えど立場は確実に追うものから追われるものへと変わった。言うならば



逃牛とうぎゅう

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