第七節 異形

 深夜の聖都は静まり返っていた。


 砂漠の夜は昼の暑さとは打って変わって冷え込む、こごえるような夜気に私は身を少し強張こわばらせる。


 空には雲も多いようだが満月が懸かっているため視界には事欠かない。


 私は少しの間歩いていて、幾つかのことに気付く。


 考えてみればこの広い聖都のどこへ行けばあの男に会えるのか全く分からない、その上自分はここに来た最初の日しか聖都を歩いていない。


大聖堂は大きな建物なので目立つが、離れすぎると帰ってこられるかは疑問だ。


 私は少しの間迷うが、意を決して都へと繰り出す。


 誰とも全く出会うこともないし、どの店も閉まっている。


 これほど大きな街なら酒場くらいは開いていないかと探すが、どこも開いてはいないようだった。


 私はちょっとした路地に入り、少し歩いて立ち止まる


「……やっぱり、こんな状況で探しても見つからないか」


 私はため息をついて壁に背をもたれる。

 

 そもそも人探しなどしたことがないのだから見つからないのは当然だろう。


 だいぶ歩いたので疲労はかなり溜まっていた。


 そして、私が帰ろうとしたとき


 ズズ……ズズズ


 そんな音が聞こえてくる、何か重い物を引きずるような音、それと共に私の背中を悪寒おかんが走る。


 私は息を殺して音が聞こえてくる大通りをうかがう

 

 今は月が雲に隠れているため、よくは見えないが、そこには、何か巨大な、そして決して人間ではないシルエットがうごめいていた。


 それは、言うなれば巨大な芋虫だ。


 芋虫はふと動きを止め、頭らしき部位を持ち上げ周囲を窺っているようだったが、突然に私のほうに向き、それはこちらに這いよってくる。


 私は恐怖に駆られ路地の奥へと駆け出す。


(あんなものがこの世にいるわけがない)


 私はそう思い、走りながら振り向く


 だがそこには意外にも早いスピードで這い寄って来る異形の姿があった。


 私は走り続けるが、先に目を向けたとき、路地が行き止まりになっていることに気付く。


 私は壁を背に立ち止まる他なかった。


 私を追い詰めた芋虫も止まる。


 そのとき、月の光が雲間から差し込み、辺りが照らし出される。


 異形の姿も例外ではない、照らし出されたその姿は芋虫というよりはうじだった。


 白くぬめったその姿に、私は嫌悪を感じずにはいられない。


 そして、蛆の頭部が三つにわれ、牙がびっしりと並んだ裂け目が現れる。


 まるで悪夢の中のような光景に私は声を出すこともできず、壁をずり落ちるようにしてへたり込む。


 蛆が牙を剥いて私に飛び掛る。


 私はきつく目を瞑り体を硬くする。

 

 その時だった。


 ドガァッ

 

 何かが砕ける音が私の頭上で響く。


 そして、幾つもの硬い破片が私に降りかかる。


 そのまま数秒が過ぎるが、大した痛みも、死も私には訪れなかった。


 私はゆっくりと瞼まぶたを上げる。


 私の目に入ってきたのは私の頭上の壁から生えてきた、言うなれば巨大な『腕』だった。


 人間の部位で言えば腕だろうが、決してそれは人間のものではない。


 その腕は暴れる蛆の頭を掴み、軽々と宙に止とどめている。


 そして、腕が蛆の頭部を握り潰す。


 蛆から噴出した液体が爆ぜて私に降り注ぎ、私の意識は、そこで途絶えた。

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