第五節 視線

 その日の夜、私たちは礼拝堂に集められた。


「今日、シスター・アンの行方が分からなくなりました……」


シスターマリアベルが深刻な顔をして告げる。


 ざわざわと一同から声が上がる


 アンといえば中庭の清掃のとき一緒にいた一人だ。


「静かに、今捜索を行っていますが、情報が得られていません、そこでシスター・アンを見たという方、または不審な人物を見た、という方は私に届け出るように」


 マリアベルはいって解散するよう私たちに言う。


「シスター・マリアベル」


私はマリアベルに声をかける、タニアも一緒だ。


「どうしたんです?」


「私たち朝の清掃のとき変な人を見たんです」


 タニアが私の言葉を継ぐ。


「詳しく教えてもらえますね?」


 シスターマリアベルの問いかけに、私とタニアはあの白尽くめの男の話をする。


「……そうですか、でも、そういう時これからは人を呼ぶようになさい……さ、今日はもう休みなさい、また寝坊してもいけませんからね」


 言ってシスターマリアベルは珍しく笑みを見せた。


私たちは、彼女の言いつけに従い、その日は床についた。


翌日、朝のミサにもちゃんと出席し普段どおり朝食を摂る。


 しかし私の頭の中は昨日の白い男のことでいっぱいだった.


(あの人とは、どこかで会ったことがある)


 なぜか私は確信的にそう思っていた。


そして私は考えていた。


 あの男と会ったことがあるとすれば、それがいつ、どんな時かを、しかし、いくら考えても思い出せない。


 夢の内容と同じように記憶に靄もやがかかる。


「……ト……イト、ケイトッ!」


 タニアの呼びかけに私は我に返る.


「早く行かないと遅れるよ」


タニアに言われ辺りを見回すと食堂にはもう誰もいなかった。


私とタニアは慌てて部屋に戻り、用意をして次の授業の部屋に向かう。


次は応急処置や薬草についての授業だ。


地震などの災害があった場合、教会は避難所としての役割も果たす、そういったときに怪我人の応急的な処置なども私たち修道者の重要な仕事の一つだ。


 実際、このイスタの教会にも有事の際に使う薬草や包帯、家を失った人たちに振舞う食糧の備蓄や毛布が大量にある。


私はこの授業が得意だ。


だが、今日はまったく身が入らない、教師の声も右から左へと抜けていくようだ。


そんなとき、私は何かの気配を感じる、あのいつも見張られているような感覚…それが一瞬 強くなったような気がした。


私は反射的に後ろを向くが、やはり何もいない。


「シスター・ケイト、集中なさい」


「す、すみません」


 教師の言葉に私は慌てて向き直り謝る


 辺りから少し笑い声が聞こえ、私は顔を赤くする.


 結局、この時間は最後まで集中できなかった。


「どうしちゃったのよケイト……気分悪いなら医務室行ったほうがいいよ」


 休み時間、タニアが心配そうに声をかけてくる


「うん…ちょっとね、でも大丈夫」


 私は言って俯うつむく


「ケイトはいつもそういって無理するんだから……どうしても調子悪いんなら言ってよね、無理しちゃだめだよ」


「うん……」


 私は少し笑って頷く


 タニアの優しさが嬉しかった。


「ねぇ、タニア……」


「なに?」


 私の呼びかけにタニアが訊いてくる


「ここに来てからさ、変な感じがしない……?、誰かに見られているみたいな……」


 私は思い切ってずっと感じていた違和感についてタニアにたずねる。

 

タニアは少し難しい顔をして

「……よくわからないけど……ケイトは昔からそういうことに敏感だよね、たぶん教会にいたときより人も増えたし、身の回りもすごく変わったから、そのせいだよ」


「そう……かな?」


 タニアの言葉に私は呟く


「そうだって、ケイトって何気に神経質なんだから、少し私みたいに大らかになった方がいいよ」


 タニアの言葉に私は少し吹き出し


「プッ、そうかもね」


「あー何よー、その“プッ”はぁ」

 タニアは少し怒った顔をし、声を出して笑いだす。


 私も笑った。


 その日……また一人行方不明者が出た。

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