祖母の手帳(3)あほうあほう

「祖母の手帳」シリーズ続き。読みやすいように、一部の字(旧字?誤字?当て字?)を直して句読点を入れている。


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悔やむ心はひとつも無いが

七年前、病に負けて社会復帰も断念し

ただ抜け殻の身となれど

子供たちの励ましに頼りつつ

今日も孫の手ひいて山遊び


これで良いかとカラスに問えば、

あほうあほうと言わるるばかり

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 「あほうあほう」にクスリと笑いがこみ上げる。

 なかなかどうして、可愛らしいおばあちゃんではないか。


 生前を知るある親戚によると、祖母は「学のない馬鹿みたいな女」だと聞いていたが、手帳に書かれた言葉は哲学者のようだ。愛嬌と地頭の良さが滲み出ていて、独特の味わい深さがある。




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四姉妹、無能な母をよく助け

いばらの道も迷わずに、皆すこやかに

幸せな家庭の主婦に、子の母に

この喜びを、誰に語らん

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 祖母の手帳はここで終わり。

 祖母は少女時代に東京のある下町で関東大震災を経験している。

 さらに終戦後は、満洲・奉天市から女手一つで女児三人(当時小学生~乳児だった伯母たち)を連れて生還した女丈夫だった。


 祖母が手帳に記したとおり、その人生はまさに「茨の道」。

 激動の時代を、波乱と苦難の人生を生き抜いてハッピーエンドを迎えたように……見えるだろう。

 内輪の話になるためここでは触れないが、本当にたくさんのことがあった。ここまでよく生きてこれたなぁと思うくらいに。




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憂きことのなおこの上に積もれかし、

限りある身の力ためさん

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 辛抱強かった祖母と、我慢強かった母。


 遺品整理をきっかけに、母方のルーツを知ることになった。

 私は「あほうあほう」な部分しか受け継いでないが、今のところ平穏に生きている。




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食べたいものは食べておこう

行きたいとこに行っておこう

会いたい人に会っておこう

言いたいことは言っておこう

人の役には立っておこう

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 母がベッドサイドに残した走り書きのメモです。

 祖母の手帳は、母の遺言通りに火葬で燃やしてしまったためもうこの世にありませんが、このメモ帳は残っています。

 将来、私がこの世を去るときに燃やしてもらうのかもしれません。

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