(6)

 今回の目的はダンジョンで魔法の使い方を学ぶ事らしい。魔法を学ぶなら、わざわざ難易度を高くしなくても。自分の中から恐怖を必死に追い出していると、アルミが僕の顔を覗き込んで「今回のダンジョンは誰でも行けるから」と言った。励ましなのか、貶しなのか。励まし、と捉えて自分を奮い立たせた。

 進行方向に引っ張られる感覚、馬車がブレーキを掛けたみたいだ。窓から覗くと前方には山がそびえたっていて、木々が生い茂っている。その中に見える洞窟がダンジョンみたいだ。ダンジョンの入口近辺に魔物は出ない。きっと、縄張りが関係しているのだろう。入口は寝泊りしている人が居る所為か、キャンプ地のようになっていて、焚火を囲うように倒木が置かれていた。

皆が先に降りて歩いて行く。後ろを追いかけていると、何故か躓いた。どうしてだ、足元を見ると足が震えていた。僕は軽く笑って「こうなるよ」と呟いた。低級の魔物にすら負けていたのに、いきなりダンジョンなのだから。皆とはぐれたら死ぬ。僕は必死に後を追いかけた。

 中は薄暗くてじめじめしている。ラフレが「ライト」と唱えて灯りを出した。ずっと続く一本道に、壁画のような渦巻き模様が描かれていて、頑丈そうな造りをしている。まるで誰かが生み出したもののような、自然界で形成されたとは思えない造り。僕はあまりの不自然さに集中出来なくなってしまっていた。アイルは急に僕の肩を叩いて「見ていてくれ」と言った。

 僕以外の皆は戦闘態勢を整えていた。コクは目を凝らして下を向くと「前方、敵四体、ウィスプだな」と呟いた。アイルがスッと前に出て、剣を構えた。

 炎が揺れたような形をした魔物が見える。三属性無しにどうやって倒すのか。アルミが魔物の影を捉えて、身動きを取れなくした。数秒間、魔物は動きを止めた。その一瞬でコクが矢を放ち、ウィスプを討伐した。鮮やかな動きを見て、流石上級冒険者だと思った。戦闘が終わり僕はアイルに「ウィスプはどうして斬らないの?」と聞いた。矢じゃなくても倒せそうだったのに。アイルは頭を掻くと「核を壊さないと復活するし、斬ると増えるから」と恥ずかしそうに言った。すると、ラフレが静かに笑い出して「苦い思い出があるのですよ」と言った。アイルは何も言わずに先頭を歩いて行ってしまう。コクが急に僕の顔を覗き込んできて、嫌な顔をしながら「アイルが分裂させたことがある、大変だった」と呟くと、アイルを追いかけて行った。

 しばらく一本道の通路を進んでいくと、目の前に小部屋が現れた。先頭のアイルが手を横に伸ばし「止まって、ヒューフレイムだ」と言う。目を凝らして見ると、炎を纏った人型の魔物を数匹、視認することが出来た。

 アイルはコクを手招きで呼ぶと「あれだけだろうか?」と聞いた。コクはアイルよりも少し前に出ると部屋を見渡した後「あれしかいない」と頷いて答えた。魔物の数を誤認してしまえば、戦闘に影響が出てしまうだろうに。コクの索敵はどうやってしているのか。アイルは僕に「出番だよ、ティム」と声を掛けてくる。囮になれ、そう言っているのか。でも、任せてくれているはずだ。僕は前に出て魔物の特徴から作戦を考えた。

 魔物は僕らに気づいていない様子でのんきに歩いている。視認出来る三体が集まった瞬間に水の壁で魔物を囲う。魔物は僕らに気づいて戦闘態勢に入ったが、逃げ場はどこにもないはず。魔法に触れることが出来ない魔物を真ん中に集めながら次の一手を考える。これで終わりかもしれないが、何処から破って来るか。ただ、僕は気づいていなかった、致命的な欠陥がある事に。魔物は火柱になり上空へ逃げる。そのまま僕を目掛けて飛んできた。僕は慌てて「え、上?!」と叫び、後退した。

 魔物の標的は僕だけで容赦なく追いかけてくる。僕は覚悟を決めて魔物が走って来る方を向く。球体を使って閉じ込めるか、球体をぶつけるか。もう時間が無い。魔物は僕の目の一メートルで急に止まる。アルミの魔法だ、アイルは僕に向かって「今だ!」と叫んだ。僕は掛け声を聞いて特大の水の球体を魔物に当てた。

 心臓が早鐘を打つ。一人だったら死んでいた。そして、魔物の特性を知ったつもりだった。僕は他の辞めて行った人と同じだ。びしょびしょのまま床に膝をつく。いつの間にか傍に居たアルミが僕を見下ろして「死ぬところだった」とボソッと呟く。アルミの言う通りだ、もし、このパーティじゃなければ僕は死んでいた。ラフレが僕の肩を優しく叩いて「大丈夫ですか、怖かったでしょう?」と聞いてくる。優しい言葉を掛けられると、惨めな気持ちになってしまう。アイルも傍に来たみたいで「一度出ようか、立てるかい?」と言って、僕に手を差し伸べてくれていた。

ダンジョンの入口まで戻り、僕は倒木に腰を下ろした。ダンジョンなんてもっと訓練してから来るべきだ、という気持ちと僕の落ち度だ、という気持ちが鬩ぎ合う。項垂れて頭を抱えていると足音が聞こえる。僕の目の前で止まって、隣に腰かけて「仕留められたじゃないか、いい傾向だろう」とアイルが声を掛けてくれた。

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