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 ダンジョンは属性がしっかり決められている。アイル達が挑もうとしているのは、全属性統一ダンジョンと言われる最高難易度を誇るダンジョン。魔物の知能が高く、未だ、どのパーティも踏破できていない。理由は単純で魔物の知識が浅いから、と言った。確かに、上位の冒険者の数は少ないし、魔物に対しての知識を学ぶ場所も無い。独学で全ての知識を手に入れなければ、進めないのかもしれない。

 僕が統一ダンジョンに挑むなんて、無謀だ。訓練を積んだとしても僕だけは足手まといになってしまう。でも、挑むかどうかはその時に決めればいい。アイルは僕を見て頷くと「次は魔法について、だね」と言った。

 人間が基本的に使えるのは三属性の内どれかで火と水と風。光と闇はどちらか片方しか使えず、特に闇に至っては珍しい。それぞれに得意分野が存在していて、どれか一属性の顕現のしやすさで適正を見極める。僕はどの属性も顕現出来るし、全てが発動できる。そして重要なのが、風属性は人間も身体強化出来るという点だった。僕が攻撃にしか使ってこなかった魔法は、防御にも使用できるという点も見えていなかった。世の中知らない事があると、不利になる、という事に気づかされた。

 アイルはそのまま黙り込んで考えている。もう終わりなのか、近接戦闘についても聞きたいことがあるけれど。僕がそわそわしているとアイルが僕に気づいて「何か質問があるかな?」と聞いてくれた。僕は頷いて直ぐに「近接戦闘はどうかな?」と聞く。毎日素振りしていたとはいえ、実践で使ってはいないし、魔法は色々な使い方があるのなら、近接戦闘にもあるはず。だが、アイルは呆気らかんと「とくには無いかな?君なら大丈夫だと思うよ」と言った。

 アイルは僕の様子を見て、首を傾げると「え、何か分からない事があるかな?」と聞いてくる。根っからの天才肌の教え方に戸惑う。僕には分からない事だらけだった。アイルの問いかけに頷いて「うん…」と答えた。アイルは当たり前かのように「剣を当てる工夫を魔法ですればいいだけだね」と言った。

 魔法で方向を指定して、剣が当たる位置に持って来る、言いたいことは分かるけど、実際にやろうとするのは難しい。アイルが見せた剣に魔法を纏わせる技術もそうだ、一歩間違えれば剣がダメになってしまう。訓練をもう一度やり直そう、一から。

 説明が一通り終わったのかアイルは僕を見つめて「これでどうだろう?」と聞いてくる。教えてもらった事を生かしてやってみるしかないか。僕は少しためらってから頷いて「う、うん、やってみる」と答えた。アイルはにこやかに笑うと「よし、明日は実践だね」と言い、上機嫌に部屋を出て行った。

 明日が来るのが恐ろしい。明日を作り上げているのは僕自身の選択の結果だけど。それでも、ここまで出来すぎた物語では、本当に最後を迎えてしまうようで。身震いをして、不安をかき消す。ポジティブに考えよう。生き残る選択ができるように。

 宿の部屋で酒を一杯だけ煽る。最後の晩餐かもしれない、そんな考えが頭の中をちらつくから。希望と恐怖の間で揺られ、ひどく緊張しながら目を閉じる。逃げてもいいとは思う。奇跡が何回も起こると思えるのなら。僕は微かに笑って「はは、あり得ない」と呟いた。奇跡は何回も起こらないから、奇跡だ。僕は逃げない、きっと結果を出す、そう自分を奮起させた。

 眩しさを感じて目を開ける。いつの間にか寝ていたらしい。そういえば、あの変な夢は見なかった。やっぱり、幻想か何かなのだろう。朝の訓練を再開する。魔法を使いながら剣を振る感覚を染みつかせる。汗を流して、支度を済ませると、その足でギルドに向かった。

ギルドの中でアイルを見つける。アイルは依頼を見ながらぶつぶつと独り言を呟いていた。ちょっと知識を詰め込んだぐらいで、依頼をこなせるとは思えない。覚悟を決めて、後ろから恐る恐る「おはよう」と声を掛けた。アイルは後ろを振り返り「おはよう、今日も座学をしようか」と言うと、そのまま応接室へ歩いて行く。数秒だけ僕の中の時が止まった。僕の覚悟を返して欲しい、心の中で文句を言いながらもアイルを追いかけた。

 応接室に入り僕が席に着くとアイルが顔を近づけて来て「魔物の名前なんて知らないでしょ?」と聞いてくる。あまりの圧の強さにのけ反って「し、知らない」と答える。必要ないと思う、名前を覚える事なんて。誰かに教える訳でもないのに。僕の返答にアイルが目を見開いていた。驚いているのか、何なのか。アイルは納得したのか頷いて「一人だからか」と言い、手をポンと打つと、続いて「魔物の名前は大事だよ」と言った。

 パーティの機能を果たすために重要で、誰を足止めするか、ターゲットするか、優先順位を付けたり、作戦に絡んでくる重要な役割を果たすのが魔物の呼称。ただ、魔物の姿かたちは依頼に書いてあるが、詳しい事まで分かっていない。ギルドは杜撰な管理を行っていて、名前と姿が本当に合っているか分からない。似ている魔物は多くて、上位系の魔物と遭遇してしまうかもしれない。そんな時に知っていれば役に立つ。

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