(3)
自分の転落した人生を咲き誇らせる事が出来る機会を与えてもらった。その事実が、僕の心を大きく震わせる。急いで宿に戻り、翌日の準備をして就寝した。
何か変な感じがして目を開ける。気づくと、知らない場所に立っていた。周りは何も無く、辺り一面真っ白だ。何が起こっているのか分からず立ち尽くしていた。すると、目の前から光り輝く丸い物体が近づいてくる。怖くなって後ずさりしたが、物体は顔の目の前で止まると「その選択に後悔はありませんか?」と聞いてきた。
辺りを見て物体しかいない事を確認する。訓練は厳しいかもしれない。だからと言って、死んでしまうような訓練ではないはず。自分が変わってしまう事を恐れて幻を見ているのだろう。僕は「死ぬようなことにはならない」と言った。物体は高らかに笑うと「死ぬ準備はしといたほうがいいよ、君の選択は険しい道なのだから」と僕の周りを回りながら言った。僕が首を傾げていると視界が揺らいだ。意味が分からない。遠のく世界を眺めていると「諦めたら、変わるのかな?」と聞こえた気がした。
飛び起きて周囲を確認する。ただ、いつもの宿屋に違い無かった。よほど浮かれていたのか、夢まで見てしまったのか。あの夢は一体何だ、何を示唆しているのか。ただただ、分からない事が増えただけだ。あんな夢は忘れて準備をする。初めての訓練の日、そわそわしながらギルドへ向かった。
ギルドは何故かいつもより賑わいを見せている。人の波をかき分けて進んでいくと、そこにはアイルの姿があった。アイルは僕を見るとはにかんで「来たね」と言った。人気者が話し掛ければ、視線は嫌でもこちらに向いてしまう。アイルに手を引っ張られながら後ろを向くと、全員が疑問の表情を浮かべていた。
訓練場に入ると、僕らしか居なかった。石造りの内部に、鎧が掛けられているラックや無造作に置かれた剣が見える。何個かに仕切られたステージがあり、かなり広く感じる。アイルの指示を待っている間、呆けていると、アイルが木の剣を投げて来て「これを持って」と言った。慌てて受け取り、木の剣をじっと見つめているとアイルは謎の装置を取り出して起動してから「必要なのは戦略かな」と言った。
地面から音もなく魔物のようなものが出てくる。あ、死ぬかもしれない、と直感する。逃げ場のない場所で魔物と遭遇する恐怖で足が竦む。アイルが僕の様子を見て「大丈夫、これは僕の命令に従うから」と声を掛けてくる。魔物を使役する話なんて聞いたこと無い。これを持っているだけで打ち首になりそうな代物じゃないか。アイルは容赦なく魔物に指示を出す。僕は剣を構えて戦い方を考えて見る。
人型の影のような魔物を退ける事に集中する。敵は三体で、武器は未所持。魔法を使えるかどうか分からない。まずは様子見で、炎を自身の周りに展開する。魔物に狙いを定めて切りかかると、魔物は目の前から姿を消していた。何故だ、どういう原理で消えた。僕が考えていると後ろから強い衝撃が僕を襲い意識が飛んでいた。
目を開けて飛び起きる。死んだかと思った、自分の体を触って確認するが外傷は見当たらなくて一安心する。アイルが手を合わせて「ごめん、対策も教えずにやるのは酷だった」と謝っていた。僕は悔しさから天井を見つめ続けた。アイルは顎に手を置いて考えて「君は知識からだね」と言った。
訓練場を出て、ギルドの二階にある応接室に向かう。部屋に入って椅子に座ると、アイルは書物を取り出して「これを見て」と言った。
書いてあるのは、魔物の属性と魔物の予備動作についてだった。魔物の属性は火、水、風、光、闇の五種類。火と水の魔物はその属性の魔法を使ったり、分身したりする。風の魔物だけ、自分の身体能力を強化する力を使う。光はフラッシュや聖魔法を展開して、闇は陰に隠れたり、知恵を使ったりする。光と闇以外の魔物には全て予備動作が存在する。何かをするために、前段階で行う仕草を観察して戦う、と言う物だった。
僕はため息を吐くと「よく、生きて来られたな」と呟いた。基本知識が無いだけで魔物を倒す事は難しくなるし、魔物に倒される確率が上がる。更に、魔法を力任せに使えば、後々戦闘に支障が出る。地形が変形して魔物の予備動作が見えなくなってしまうからだ。アイルは僕を見つめて「君は逃げ癖のおかげで助かっているのだろうね」と言った。
冒険者の大半が命を落とす理由は依頼を無理に遂行しようとして魔物の習性を侮る事が原因らしい。僕は狼型の魔物で止まっていて良かった、と胸を撫でおろした。そういえば、アイルが訓練場で僕に向かわせた魔物はきっと闇属性。何故、僕に闇属性の魔物を出したのか。僕はアイルに「何故、僕に闇の魔物を倒させようとしたの?」と聞く。光と闇は予備動作が無いし、訓練には向かないはず。アイルは頭を掻くと「パーティに入ってもらうからね」と答えた。
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