(2)
ずっと一人だし、万年低級冒険者な僕がアイルと接点なんて持てない。両親も当然そんな伝手は持っていない。何なんだ、この状況は。目の前にアイルが立っている、僕は良く冷静に居られるな、と自分を褒めてあげたい。僕は「何か気になることが?」と質問をする。囮として使うか、臓器を奪われるとか。殺される事しか考えていないな、僕は。アイルは視線を逸らして「ん~、素質が見えたから?」と僕の目を見つめて言った。上級冒険者も暇みたいだ、僕みたいな低級冒険者をからかいに来るなんて。僕は俯き「はは、素質なんか無いでしょ?」と自虐気味に呟いた。
今や何に憧れていたかもわからない。自分は何がしたかったのか、どんな生活を送りたかったか、何一つ分かりはしない。僕は拳を握ると「アイルの目には僕は強者に見える、と?冗談でしょ?」と涙ながらに言った。
努力を諦めた僕にそもそも勝機は訪れない、こればかりは仕方ない。僕はアイルに背を向けて歩き始めた。だけど、アイルは僕の肩を掴むと「君は努力の仕方を間違えただけだ」と言った。努力の仕方だって。苦笑して空を見上げる。そんな効率の良いやり方があるなら教えて欲しい。それは僕の人生の大半を否定する話になるだろうけど。僕はアイルの手を振り払って「この世界の厳しさを一番わかっているでしょ!」と大声を上げた。
自分の声が遠くまで響く。台地が音を立てて唸っている。目の前から狼型の魔物が数十匹こちらへ走って来るのが見えた。僕は嘲笑して「終わった」と呟いて、地面に座り込んだ。アイルは僕の目の前に立ち、剣を構えて「君にはまだ、やれることがあるよ」と言い、魔物の群れに飛び込んだ。
アイルの戦う姿が目に焼き付いていく。目の前で起こっているのは、狩りと言う言葉では言い表せない、蹂躙がふさわしいと思う。一斉に飛び掛かって来る魔物を前からさばいていき、アイルは「今か」と小さく呟くと剣に炎を宿す。剣の炎は空間事切り裂いたのではないか、と言うぐらいの薙ぎ払いを見せて、魔物がバタバタと倒れて行った。
アイルは戦いの最中に僕を振り返り「魔物の特性の理解、それと魔法の使い方次第だろうね」と言った。まだまだ余裕があるのだろう。僕は見惚れて言葉も出なかった。想像できなかった、魔法を剣に宿すという方法を。努力の仕方、本当に言葉通りなのか。
アイルは自分の周りに炎を輪状に展開させた。魔物は、直ぐに後ずさりを始める。そこを追撃して仕留めた。言葉では言い表す事が出来ない、何とも言えない感覚が体を駆け巡った。アイルは魔物の処理を終えると「どう?どのように努力するか考えることは出来るかな?」と言った。僕は口を開けたまま頷いた。
無言のまま、二人で来た道を引き返す。感動と混乱でぐちゃぐちゃになった気持ちを整理する事が出来ない。城門が見えてきた時、最後かもしれない、と感じて僕は立ち止まり「なんで僕なの?」と聞いた。アイルの顔は一瞬だけ、苦虫を嚙み潰したような顔になり「引退しようと思っているからね、後継者を育てようと思って」と言った。上級冒険者の引退、前代未聞かもしれない。僕はアイルに「何故?何か理由が?」と聞く。アイルは俯いて「妹が病気だからね、少しでも傍に居られたらいいかな」と小さな声で言った。
アイルのパーティはアイルの妹の為に集まったパーティで、薬代が稼げればそれで良かったらしい。でもいざ引退、と考えて相談すると代わりを見つけるか、後継者を育ててくれ、と言われた、と。アイルは嘲笑して「変だよね、こんなに頑張っても危険な仕事から手を引けないよ」と言い、空を見上げていた。自分でも驚いた、僕は咄嗟にアイルの手を握り「僕を育てて欲しい」と言っていた。大きな奇跡が訪れた気がしたから。
今振り返っても無駄な時間を過ごしていたと思う。毎日失敗続きで、討伐の依頼を受けられたとしても日銭は稼げない、酒場とギルドと宿を往復して、潰れる日々。両親に顔向け出来なくて、苦しんでいた。そんな中、舞い降りてきた奇跡を逃したくはない。どうせ失う物なんて何も無いから。アイルは微笑むと「君なら出来るよ、毎日生きて帰ってきていたのだから」と言った。見られていたのか、成功して帰って来ていた訳じゃ無いし、恥ずかしい。なんせ、逃げていただけだから。アイルは続けて「君なら出来るかもね、死なない戦士という最高の名誉を獲得することが」と言った。
いつだって何かから逃げて来た。依頼からも、人生からも、選択からも。逃げ癖が役に立った、初めてそう感じた。不名誉ではあるが、逃げ癖を褒めてあげたい。決意した勢いに任せて強く頷いた。訓練は翌日、ギルドの訓練場で行うとアイルが言った。僕はその言葉を信じて「ありがとう」と言うと、頭を下げた。
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