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 会場はすっかり公爵家の独擅場となっていた。こうした状態を殊更不愉快に思うのは王家の面々であり、そして何よりギーベイである。

 会場に足を踏み入れたギーベイは着飾ったナジュマを遠目に見て美しい様に驚き、せめて性格が大人しければと歯噛みしながら国王夫妻と分かれ輪の中に飛び込んできたのだった。策を弄する必要のない男で助かると言うべきか否か。

 とにもかくにも、今ここに、全てが始まるのである。

「遅い結婚となるか、おめでとう将軍。あとは子供が出来るかどうかだな」

 挨拶もさておきで余計な口を叩く様はいっそ褒めてもいいのではないか? ナジュマが「有難くも問題はないと皇室典医の太鼓判を戴いておりましてよ」とこちらも挨拶なしに返してやると、不敬に不敬を返す行儀の悪さは都合よく……いや何も考えずに無視したままで、ギーベイは更に悪態を重ねてきた。

「実際どうなるかはわからん! こちらの熊に胤がないやもしれんしな!」

 おおーこれはこれは、頭は大丈夫か? 後方で国王夫妻が慌てているから普通に常識はずれなのだろうがとにかく、ナジュマはただにっこりと笑って「その点、王太子殿下におかれましてはご健勝の由、お慶び申し上げます」と返した。

「わたしも一国民となりますもの、お子様の誕生、お祝い申し上げます」

 会場が静まる。当然だ、何をと言いたいのは正面のギーベイこそだろう。ギーベイは何も喋ってはいない。忠誠か義理か無関心か、一応周囲もおおやけに対して喋る者がいなかったから、王太子妃の妊娠などというあからさまな慶事を誰も知らない。

 ギーベイの顔にははっきりと書いてある。誰も知らない筈なのに、と。


「可愛らしい姫君のお生まれですわね」


 ギーベイの肩は戦慄いた。


「はっきりとした猫目の、桃色の髪。珍しくも可愛らしいこと。こちらの国の特有の目でいらっしゃるの?」


 会場の空気の凍る音が聞こえるようであった。特に猫目の、エルウッドの縁戚は皆青い顔をし互いに視線を合わせ、首を横に振っている。自分ではない、そうそれぞれで訴え合っているのだ。

 髪の色が一部異なるメルロースィンの血と同様に、エルウッドの猫目は特筆すべき不思議ではないから国内に広く流布している。ナジュマの茶会に来る令嬢にも何名かいた。ただし。


 明瞭な猫目は血の濃さを表す。──直系だ。


 固まったギーベイの背後、侍従が勢い込んでやってきた。侍従は滑るように額突き、事前にあっただろう筈の台詞を全て頭から飛ばしてこう叫んだのである。「王太子妃殿下、ご出産です! 姫君です!」

 何を言うことも忘れて、大慌てで去っていくギーベイを唖然と見送る国王夫妻と聴衆。如何ともしがたい空気の中、そろそろとナジュマ達の元へやってきたのはエルウッド侯爵夫妻とその嫡男だった。

 法務大臣らしい夫に浮かぶ全体的な堅さ、反するような妻の穏やかな柔らかさ。しかしこの時ばかりは夫妻に共通して焦りが浮かんでいる。

「デレッセント将軍、並びにナジュマ姫にご挨拶申し上げる」

 口上もさておき、エルウッド侯爵は脂汗を浮かべたままで先ほどの言葉を重ねた。

「桃色の髪をした、猫目の姫が生まれたと」

 ナジュマはにっこりと笑い、首を傾ぐ。

「ええ、見えたもの。すぐにわかるわ、猫目がぱっちりとして大変可愛らしい姫よお。貴方達も猫目だし、この国では多いものなのでしょう? わたしも可愛らしい方達の中でよく見させていただいたもの」

 エルウッド侯爵はいよいよ顔面を覆い、それでも「私共は誓って、何も、何も。本件につきましては我が一門を賭しまして、必ず始末を付けまする。その後、私を如何様にも」と明言した。

 エルウッド侯爵自身は王権がデレッセント家に移管されることを知っている。知った上で、当のデレッセント家たるヒネビニルにそのように宣言しているのだ。

 ……エルウッド侯爵は法務大臣として仕事は出来るし、人間として間違ってはいない。ただ、人間の裏の裏を理解しているようで、足らぬのだ。裏の裏はしかし表ではなく、そもそも同一個体ですらないこともあると理解しきってはいない。

「エルウッド侯爵、我々は貴方の手腕を真実理解しているし、これで失くすのは惜しい能力であるとも思っている。故に、実直に、誠実に対応されることを望む」

 ただ、家門としての罰は覚悟されるよう。

 言われたそれにエルウッド侯爵は静かに頷いた。その横、ひっそりと控える夫人の青い顔を見ないままに。

(よし)

 ナジュマはヒネビニルに視線をやってから夫人の前に立つと、パンとひとつ手を打った。

「ご夫人。おめでとう、孫娘よ」

 まるで落雷のような言葉。明るい笑顔を見せるナジュマに、対する夫人はおこりのように震え始める。

「なんてことを仰るのですか! ハワードではございません!」

 それこそが答えであると、何故わからないのか。ナジュマは美しい相貌に浮かべていた笑みの一切を消し、何も浮かべぬままで上から背の低い夫人の顔を覗き込んだ。

「お前の子、愛する息子の子供だよ、ユビェール」

「……ッ!」

 これにエルウッド侯爵と嫡男はハッとした顔を見せ、即座二歩三歩と退く。当の夫人はやはりおこりのように震えたまま、けれど目尻は裂けんばかりに見開かれ、ナジュマの美しい顔をその瞳に映していた。

 エルウッド侯爵夫人の名はリビエル。ユビェールでは決してない。だが、ある条件でならばその発音になるのである。


 ──策謀のティルベルの人間であるならば。

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