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 罠は着実に進む。数多の策謀を秘め、いよいよ王家主催のパーティーが目前となった。

「ここで、出来ることなら出産のお披露目をされたいでしょう。なんなら促進剤を入れてまで出産させる可能性が高いですね」

 ヨナビネルが言うのにラディンマラ夫人は嫌そうに顔を歪める。

「女をなんだと思っているのかしら」

 公爵一家が揃う部屋の中、進められる議題はどうしたって和気藹々とした平和的なものではない。ここが一番の勝負所と各人理解している為、どうにも戦場に向かうような心持ちである。勿論ナジュマを除いて、だが。

「生まれてくる子供がどうであれ、隠されるも隠すも対応可能なように手の者を仕込んでおります」

 部屋の隅でヒューロイが顎を引く。この男も公爵家に仕える身に相応しく、大きな図体をしてそれなりに暗躍しているらしい。

 様々な思惑が駆け巡っているが、どうしたって当日子供は生まれるだろう。綺麗な猫目の、現王家を折る為の子供が。哀れだが、全ての罪は親と祖父母にこそある。

「ナジュマはいつもどおりに自由にしていいわ。何が起こってもどうとでも回収しますし、ネビお義兄様がいますからね」

「はあ〜い!」

「放っておいても王太子が先に暴走するでしょう。苦手な公爵家の、嫌いな将軍に一泡吹かせたいからと」

「そうしたらいい感じに言えばいいのね? 猫目の女児が生まれるお祝いを」

「ええ。貴女の視る力は貴族の中では既に話題となっている。すぐに広まって抑えられないでしょう」

 テルディラはいつものとおりに穏やかだ。だが、見る者が見ればそれこそが恐ろしいのだろう。とはいえ、そんなテルディラを横目で見てヨナビネルはデレデレしている。

「はいはい、任せといてちょうだい! で、エルウッド侯爵は参加する?」

 唐突なそれに普段から寡黙なデレッセント公爵が口を開いた。この義父は本当に顔立ちは地味だし寡黙も過ぎるのだが、実際淡々とした風情と寡黙さは長男に、妻ならぬ実母の美しさは次男に受け継がれたのだから、正にデレッセント兄弟の父なのである。

「大臣だから強制参加だ。夫人と共に参加するだろう。我々と同じだな」

 公爵が顔を向けるのにラディンマラ夫人は笑顔でその手を握っていた。二人の間にどんな出会いがあったかはさておき、ここには確かに愛があって信頼もあるのだ。

 そして愛も信頼もない王太子ギーベイは、ゆえに周りで変化していくことを何ひとつ知らない。哀れなことだろう。

「それと追加情報だが、大皇国から皇太子と皇女が参加するそうだ」

 途端公爵一家が沈鬱な面持ちで溜息を吐いた。

「それによる変更点はありますか?」

「トロニエスの出方次第ね……」

 ラディンマラ夫人ですら頭を抱えているのだから相当だ。だが、ナジュマはあっけらかんと「大丈夫よ!」と胸を張った。

「わたしが話すから! どうせわたし目当てで来たんだろうから構わないわ、ちょっと釘を刺したかったから任せて!」

「何をする気ですの?」

「ほら、前に言ってたやつだよ、海賊掃討作戦の件」

 姉アルティラーデが関わってくる話とくれば流石に思い出したのだろう、テルディラは硬い顔で頷く。こればかりはナジュマが打って出なければならないことだ。

「全てをいい感じに持っていく為に、せいぜい皇太子達には動いてもらおうじゃないか」

 こうしてギーベイの哀れな顔を見る為だけのパーティーが始まり、ナジュマ達は皆の注目の的となった。案の定と言うべきかいつもどおりと言うべきか、ナジュマはいつだって全ての中心である。

「ナジュマ様、ドレス姿も大変お美しいですわ……!」

 この日の為に作られたこちらの国らしいドレスは長身で肉付きのよいナジュマに合わせるとなって結果、随分と単調な作りになっていた。しかしそれを飾り付ける為の金銀宝玉が山となれば、むしろドレスなど脇役に過ぎない。誰よりも光り輝き、玉に負けぬ玉体こそがナジュマなのだ。

「有難う! こちらのドレスは国の物とは違ってなかなか面白い作りだねえ。着てみてやっと貴女達の苦労がわかった気もするが、次会う機会には是非貴女達の好む格好で素敵な笑顔を沢山見せておくれ。また招待させてもらうから、皆で楽しく過ごそうじゃないか」

「ぜ、是非〜!」

「楽しみにお待ちしております〜!」

 ナジュマの周囲には信奉者がこぞって集まっている。そんなわかりやすさを目印にやってきたのは大問題の大皇国からの賓客、皇太子トロニエスと皇女ハリヤナラだ。

「そこな美人は我が義妹ナジュマ姫ではあるまいか?」

 仰々しく、まるで役者のようにやってきたトロニエスは煌びやかな男で皇帝サンスクワニには似ていない。むしろハリヤナラの方が幾分かサンスクワニに似ていたが、それでも二人並べば共通点を見出せて兄妹であることがわかろうというものであった。二人とも、どちらかと言えば皇后に似たのだろう。

「初めましてナジュマ。わたくしは貴女の姉に当たります、ハリヤナラよ」

「私はトロニエス。改めてよろしく頼もう」

 質のよい衣装に身を包んだ二人は皇族という自負もあり、当然のように会場内でパッと目立つ存在である。それに打ち勝つのはナジュマの存在感かヒネビニルの強面くらいだろう。自然人垣は割れたが、ナジュマの側に集まっていた多くの信奉者はそのまま微動だにしない。

「こちらこそ……というか、大皇国からの使者なら入場はもっとあとでは?」

「義妹に会いたくて非公式でやってきたからな、その辺りは構わん構わん」

 構わない筈がないだろう……。おおよそ王室の要人担当者は胃を痛めているだろうし警備に就く軍部とて同様だ、とナジュマがハリヤナラを見ればそっと無言で首を横に振られたし、ヒネビニルを見上げても同じだった。なるほど、他人の話を真面目に聞かない口か。

 そんな判断をしつつにこやかに対応するナジュマをじっくり眺めたトロニエスは、不意にヒネビニルに顔を向けた。

「ヒネビニルには勿体ないくらい若くて美人じゃないか。今からでも大皇国に戻さないか?」

 ヒネビニルと真正面から視線を合わせられるだけ、確かに従弟で皇帝の嫡男ではあるのだろう。しかし我が強すぎる上に状況を考えないし周囲を顧みていない。本人にそういった意識があるのかどうかはさておき、皇位に就いて早晩叛逆の狼煙を上げられかねない男である。これでは確かにサンスクワニが悩む筈だとナジュマは胸中頷いて、ヒネビニルの口が開く前にその太い腕に手を添えた。

「わたしは大皇国には戻らないし、トロニエス、貴方には色々言わなければならないことがあるわ。ちょうどいいから特等席で全てを見ていなさい。貴方達はよい観客になるでしょう」

 キッと強い目線をくれてやればトロニエスは一瞬怯む。しかし己が怯んだこと自体が不快なのだろう、口を開きかけた瞬間に待ち人が乱入した。国王夫妻、並びにギーベイの登場である。

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