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 ヒネビニルの演習が大分王都に近付いたという。報せを受けたナジュマは意気揚々とベッドの上で跳ねた。

「ヒネビニル殿に直接お会い出来ないかしらね!」

 ペレーナを経由してテルディラにそう訴えると、ちょうどヨナビネルが訪う予定があるそうだ。

「書状をやるには憚られる内容なものだから。顔を見に行きがてら話す予定なの」

「王家のこと?」

「そういうこと。それと、生まれる子供に関する今後のことが少し」

 先達て、ナジュマが変装してメラービルと会った際のことは全て報告済みである。妊娠のことを知ったテルディラ達は顔を顰めていたものだが、ナジュマは内実を知っているので特段気にしてはいない。

「心配いらないよテルダ」

「どういうことかしら?」

「まあ……仔細はあとで。まずはヒネビニル殿よ!」

 テルディラは敷地内に建てている離宮の監督と諸々の予定があるし、何よりすっかりナジュマを信用しているので、ヨナビネルがナジュマを連れて現地へ向かうことになった。

 最近頻繁に顔を合わせるようになったヨナビネルはいつ見ても美しい顔をした男だけれど、ナジュマには本当にそれだけだ。なんだったらナジュマの方が健康的で美しい、と堂々と発言したらげんなりされたことも記憶に新しい。とにかくヨナビネルにとっても安全な女であると認識されたことは何よりである。

 そんなこんなでヨナビネルと各々の付き添いを合わせ数十人になる一団を組み、ナジュマ達は一路演習場所へと向かった。演習場所は山間部、現地は馬車で乗り込むことは出来ず、各々馬に乗って山間を進むことになる。

「……乗馬が出来るとは思いもしませんでした」

 颯爽と馬に乗ったナジュマにヨナビネルは目を丸くしていた。どうやら誰かの後ろに乗せる算段をしていたらしかったが申し訳ない、ナジュマは一人で馬に乗れるし後ろにルゥルゥもしっかり抱き付いている。

「こういうものではないけれど、国に近い生き物はいたわ。砂地を歩くことに長けているの。馬自体は一頭だけ後宮で飼っていたわね。砂は歩けないけれど、見た目がいいから」

「見た目ですか」

「見た目よ。わたしが乗ると皆が喜ぶの」

「なるほど……」

 ヨナビネルが頷く眼前、今も男装中のナジュマである。相手が女性と知っているヨナビネルの目から見ても、ナジュマは美しい形の男に見えていた。元々よその国の人間であるから、男女差はちょっと見ただけではわからないというのも功を奏しているのだ。

 山間部の拓けた谷間、演習の宿営地に到着してもなお、あまりにも堂々としすぎているナジュマはヨナビネルの連れた外国の要人としか思われていないようであった。実際むさ苦しい男達の中、異様なほど美しい男二人(一人は実際には女)は目立っているが、だからといってかまけるだけの余裕はないらしい。ヒネビニルの教育の賜物だろう。

 ナジュマは兵士が忙しなく移動するそこを楽しげに見渡すと、声高にヨナビネルを呼んだ。

「ヨナビネル殿! この演習の全参加者の名簿が欲しいわ」

「……詳しくは聞きませんが、仕入れの業者まで?」

 ヨナビネルは実際に目にしてはいないけれど、この数ヶ月テルディラと実母とが暗躍していた諸々の報告を既に受けている。この義理の姉となる女性が説明の出来ぬ異能でもって物事を動かしている様をきちんと知っているし、自身の妻が世迷言を言う筈がないと理解しているので全てが真実であると信じていた。その実直な様に関しては愛の成せる技だなと、ナジュマは一頻り感心している次第だ。

「仕入れの業者の下男まで一人残らず欲しい」

「そういう細かい仕事は兄上の副官が得意です。呼びましょう」

 そう話している内、どやどやとした一団が近付いてきた。その中、一際大きな男が見え──ヒネビニルだ! ヨナビネルが到着したと連絡が届いたのだろう。

「ヒネビニル殿!」

 喜び勇んで走り寄るなりがっしりと抱き付くナジュマに、ヒネビニルは怪我をさせぬよう避けかねて目を白黒させているが、周りとて同様である。見た目は外国の要人(男性)なのだからこう、なんというか……。

 そんな空気を物ともせず、ヒネビニルは胸元に縋るナジュマをじっと見定めてから静かに問うた。

「……ナジュマ姫か?」

 大当たり! 会ったのは一度きりの女の顔をよく覚えていたものである。ナジュマは抱き付いたままの体勢でにんまりとヒネビニルを見上げた。

「おや他人行儀。ナジュマと」

「お互い様のようだ。ヒネビニルと」

 打てば返す軽快なやり取りに目を輝かせたナジュマは勢いよく叫ぶ。

「ネビィ!」

「……」

 途端、周囲の音は止んだ。聞こえるのは遠くに飛ぶ野鳥の鳴き声ばかりか。

「ネビィ……」「ネビィか……」と小さくざわめきが広がっていくのを無視しながら、ナジュマはヒネビニルの胸元にべったりとくっ付いて笑った。

「可愛くていいでしょ?」

 まるで幼子のようなそれを、ヒネビニルは咎められない。

「まぁ……好きなように……」

 それだけをなんとか告げて、ナジュマを待機所へと誘ってくれたのだった。……さっとナジュマ達のあとを追ったルゥルゥを除く、呆けたままの者達をその場に取り残して。

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