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 ヒネビニル達要人の作戦用待機所は如何にも豪華な天幕、の更に奥、目立たないように立てられている。目立つ方は囮であり、兵士も立てて如何にも重要そうにしておくのが通例だそうだ。今でこそないが、王族がやってきた際にも使われたという。そういう場合において天幕が大きく豪勢でないと文句が飛んだそうで、つまり戦うということのなんたるかを知らないお大尽様の為の飾りというわけである。

「いいんじゃない? 敵だって狙うなら大きな的の方が楽でしょうし。さっさと一網打尽にしてもらっていた方が今苦労しなくてよかったのにねえ」

 天幕の狭さに対し説明を受けたナジュマがカラカラ笑うと、視界の端でヨナビネルが肩を竦めているのが見えた。きちんと誰がいるのかいないのかを認識して喋っているので安心してもらいたいものである。

「マイス、人員名簿を」

 椅子を勧められ、ルゥルゥが足元に侍って一拍。ヨナビネルが言うのにマイスと呼ばれた副官が理由を問うでもなくすぐ様書類を引っ張り出してきた。なるほど手が早い、副官としてきちんと使える男らしい。

「初めまして、マイスというのね? わたしはナジュマ。これから顔を合わせることがよくあるでしょう」

「初めましてナジュマ姫。閣下からお伺いしていたとおり、ご立派なお姿でいらっしゃいます」

「あらまあ、どんなことを聞いていたのかしら」

 にっこりと笑うマイスの目の奥に笑みが見える。これは真面目そうな顔と違って存外愉快な男であるようだ。名を索引するまでもないが、それでもナジュマは今ここに関係する全員の名を索引にかけると決めている。

「こちらが名簿です。共通語の読み書きに難はないと存じておりますが、不都合等ありましたらお声がけください」

「有難う。大丈夫、すぐに終わるわ。ネビィ、ごめんなさい。ちょっと先に用を済ませるわね」

「構わない。自由にしなさい」

 ナジュマが髪を掻き上げると周囲の視線が刺さるが、それもまたいつものことだ。コホン、とヒネビニルが咳を零すのに皆が我に返り、彼らは本題に集中することになった。

「以上、ナジュマ姫の報告により王太子妃は妊娠中です。そもそも王家主催のパーティーは頻繁に開かれるものではありませんし、そうなると王族方はあまり表立っては出てこられません。それと、どうやらレベッロ男爵家からの接触を固辞している節もあり発覚しなかったものかと。何故公表しないのかは不明ですが」

「ねえ、ちょっと訊きたかったのだけれど」

 ヨナビネルの報告に口を挟んだのは座り込んだまま名簿を手繰るナジュマである。

「行儀が悪くてごめんなさいね」

「いえ、兄上がいいと言ったのですから構いませんよ。それで、ご質問は?」

「どうしてグランドリーの王族はあまり表に出ないの?」

 普通王族といえば社交に次ぐ社交が仕事の内のひとつである。振り返ってみればグランドリー王国の王族は社交らしい社交には熱心でなく外交すらもそうで、大皇国とのやり取りすら嫌々行っているような節がある。王家としては致命的だろう。

 当然と言えるナジュマの問いに、ヨナビネルは溜息をひとつ零した。

「自尊心が高すぎるんです」

「ん? なんだって?」

「自尊心。王族の皆さんは自分達が最上級の高みにいないと気が済まない。我らが母上を避けてパーティーに出ないのは、母上が上位の人間であると嫌でも認めているからです。母上がいるところでは自分達が上に立てないと察しているので逆に避けるわけですね。外交も同じで、同等の国力程度なら大きな顔をしますし、例えば兄上が蹴散らした隣国ティルベルなどには兄上の威光を笠に着て踏ん反り返るでしょう。今のところ実現してはいませんが」

「馬鹿なの?」

「馬鹿なんですよ……」

 凄まじい阿呆でも周囲に恵まれれば王としては立っていられる。そのような国が実際にあると困るのだが、ここグランドリー王国がそうなのだから現実は残酷だ。

 そして一代だけならともかく、二代続けてとなると求心力にも問題が出る。しかも一代目で大国の大皇国と問題を起こしてしまった。二代目で取り返せればよかったが、どう見繕っても取り返せるタイプの王子達ではない。

 小さなミスならまだよかった。だが、王家の起こすミスはどれも小さくはなく、国内外にヒビを入れるものでしかない。だからこそ貴族達は水面下で結託し、王権の交代が進んだのだ。

 そんなこととは露とも知らない王族は、今も馬鹿のようなことを仕出かすわけだけれど。

「まあ、そんな馬鹿のもっと馬鹿さを示してしまうのだけれども」

「……なんです?」

 ナジュマが何か言うたびに何かが判明するとわかってか、ヨナビネルは既に身構えている。申し訳ないが慣れてもらうより他ない。

「大舞台を誂えたいのよ」

「大舞台……?」

「派手な方がいいの。ドーンと一発当てられるくらいの。待たすだけ待たせて、どうだ王子が生まれたぞーって王太子が大声で叫びたいだけ」

「……それだけ……?」

「それだけよ。馬鹿だから」

 ヨナビネルだけではなく、ヒネビニルら揃いも揃って頭を抱えている。馬鹿を頭上に戴くとこうした苦労が多くて大変だ。

「ついでといえばついでだけれど、もし生まれたのが王女ならば言わずに存在を隠せるでしょう? そうでなくてもその間に他によりいい立場の女に手を出せるかもしれないし、勿論わたしという存在をそこに据え置く心算も当初あったのよ」

「大皇国の皇女殿下を横取りですか!?」

 これにはマイスが叫び、ヒネビニルも顔を強張らせている。ナジュマとしてはもっと大仰に不満を訴えてくれていいのだが、顔色が変わるだけ合格だろう。

「とはいえ、王太子殿下のご期待に添えない女を装ったからなしになったけれどもね」

 コロコロと笑うナジュマをよそに、男達は疲弊しきったような顔を見せた。物事を難しく考えようとするのはいけない癖である。大概の物事というものは存外単純に出来ているものだからだ。そしてグランドリーの王族はその筆頭と言える。

「ともかく、既に事態は動いているとしても子供となると少々面倒では? 今はよいとしても、将来血統を持ち出されるようでは困ります」

「大丈夫よ」

 再三口を挟むナジュマに、というより次の言葉に男達は完全に沈黙した。

「王太子の子ではないもの。王太子、胤がないわ」

「……どうしてそんなことが……」

「どうしてもよ。何故わかるのだと言われても、わたしにはわかるとしか答えられない」

 ギーベイは攻略されたのち、ヒロインと離宮で生涯蜜月を過ごすことになっていた。つまりヒロインを捨てられず、更に実子を持てないとなれば、政務を離れて離宮で送る一生はある意味でお優しい選択肢だろう。

「……となると、逆に問題が出ます。辺境に流された第二王子を王室に戻そうとするのでは」

 そろそろとマイスが口を挟むのにも、ナジュマは即断した。

「そちらも大丈夫よ。第二王子、辺境に行く直前に子供が作れないように処置されているわ」

「そんな指示を貴族院は出していません!」

 第二王子ガザールの凋落を当時見聞きしていたヨナビネルは顔を真っ青にするが、しかしこれは貴族院が正当に行った処断ではない。

「貴族院ではないわよ。勝手に周囲の顔色を鑑みた国王夫妻の判断。第二王子にも伝えず、勝手に毒を飲ませたの」

 高熱を出したガザールは三日三晩苦しみ抜き、回復したのち自らの生殖機能が失われたことを知って絶望した。なまじ自尊心が高かっただけに落ち込みようが凄まじく、今は辺境と呼ばれる地で抜け殻のように過ごしている。

 国王夫妻は我が子達を愛してはいるが、自らとは別の一個の人間であるという認識がないのだ。だから自分達の判断で彼らの未来を好きに摘むことに対して、なんの罪悪感も持たない。

「なんてことを……!」

 王室の血統は既に断たれていると知り、男達は思わず額を押さえる。

 ……では、王太子メラービルの子は誰の子なのだ……?

 当然といえば当然の問いに、ナジュマは猫のようににんまりと笑った。

「時が満ちたら桃色の髪の子供が生まれるわ。桃色の髪でぱっちりとした猫目の、可愛らしい女の子がね」

 はい終わり。有難うマイス。

 人員名簿を返却されながら、男達は顔を見合わせる。王族、いやメラービルに近い猫目の人間を、誰もが知っていたからだ。

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