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「こんなことになるとは思わなかったけれど、本当にナジュマのお蔭よ」
「クソ王のクソみたいな姿も見れて満足よ〜」
「口が悪いけど本当ねえ」
国の征服という圧倒的暴力の現場で女達だけが姦しい。口を挟むのも申し訳ないほどだが、敢えて口を挟んできたのがサンスクワニである。
「あーさてさてそこの女性陣。色々続けてもよいか?」
「あらあら、失礼致しました」
そっと頭を垂れ、母達はにこやかに部屋の隅に下がった。ナジュマはサンスクワニが手招くまま、彼の側に近付く。
「これからのことだが、どうしたい?」
「その首と一緒に国もあげよう。皇帝、貴方ならどうにでも出来る筈だ」
口を出そうとしてサンスクワニに殴られた肉の椅子が喧しいが、ナジュマはとっくに全てを決めていた。この国を女王として継ぐつもりは一欠片もない。
「わたしは王となる教育など受けていないし、これから出来る気などしない。出来もしないことを易々と受けるなど、国民に対して無責任だとは思わないか?」
「そう考え、至る点では十分責任感があるぞ」
「有難う。少しは救われる」
軽く笑ってナジュマは肉の椅子の突き出た頭をガスガスと蹴った。こんな腐った王家、さっさと滅びるべきだ。
「で、お前自身はどうするのだ?」
「そうだなあ……」
占い師でもするかなあ。
呟いた言葉にサンスクワニは瞠目する。
「占い師ィ?」
「他人を見るのが得意でね。そもそもだ、わたしは後宮でしか生きていないから金もかかるし社交も何も出来ない。そういう女で出来ることは限られるだろう?」
掲げたナジュマの腕には金銀宝玉で飾られた輪が幾つも重ねられている。腕ばかりではなく足にも首にも、身体中がナジュマを彩る財宝でいっぱいだ。その価値たるや如何ばかりか、そこらの名もない人間にナジュマを抱えての人生など送れる筈もない。
「これでも口は巧いし女には持て囃される実績がある。……そうやって生きていくしかないかなと思うわけだ」
どうかな? 首を傾げたナジュマに、サンスクワニは沈黙で返した。
(そんなに変なこと言ったか?)
ナジュマは常識を知らない自覚があるから妙に心配になるそこ、サンスクワニが眉間を叩きながら口を開く。
「今だから言うが、俺は大分お前を気に入っている」
「有難う? 妻子持ちの妾にはならんよ?」
「誘っとらん誘っとらん! ナジュマ姫、お前、俺の養女になってから甥の嫁にならんか?」
思わぬ提案に今度はナジュマが瞠目した。養女はともかくとして、甥の嫁だと?
「チビデブハゲガリヒョロは嫌だが」
「俺に似てしまった強面で俺よりずっと身体が大きくて会う度にムキムキになっている気がするような万年成長期の甥だ。人はいいし金も地位もあるが、何分モテなくてなー!」
「何それ大分気になる! 名前は!」
妙な食い付き方をしたナジュマに、サンスクワニは若干腰の引けたような勢いで「ヒネビニル……」と呟く。即座、ナジュマは脳内で索引を引いた。
【ヒネビニル・デレッセント】
グランドリー王国デレッセント公爵家嫡男。王国軍将軍。伯父に似て強面で伯父以上の体躯を誇り、王家にまで恐れられる男。その性質は実に繊細で優しいが、家族以外に理解されず縁遠い。弟を慮り、敢えて公爵家の実権から退いている。
(なんか初めて見るタイプの男だ! 実に気になる! 皇帝以上に大きいなら、ここにいる男達より大きいのだろう? 気になる!)
「金も地位もあるんだな!」
「あるある。本当にある」
「社交だのなんだの求めないな!」
「社交は母親、俺の妹だが、そいつと弟の嫁が纏めているから問題ない。弟の嫁というのが大分曲者でな、俺はそいつもかなり気に入っている」
お前も気に入ると思うなあ。かっぱりと大口を開けて笑うサンスクワニに、ナジュマも大口を開けて笑い返した。
「喜んで!」
それから王宮はすぐ様大皇国の監視下に置かれヨノワリは併合、王侯貴族は大皇国直下の鉱山に収容される旨、国民には一斉に触れが出た。長い間悪い統治をされていたのだからそうそう国の毛色が変わるわけはないが、それでも変わっていってくれることを願うばかりである。
「ナジュマ、忘れ物はない?」
「ないつもりだし、残った物はあとで届けてもらえるって」
「でも今ないと困る物忘れたりはしていないの〜? こないだ買った紅玉の腕輪はどうしたの〜?」
「今いらないけど持ってるよ。大丈夫、ルゥルゥがいるから」
「頼んだわよルゥルゥ」
「はい!」
ナジュマはサンスクワニと共に、第一陣で大皇国に向かうことになった。連れはルゥルゥ一人だけ、荷物は追い追い届けられるのだが女達は右に左にナジュマに侍って騒がしい。
まあ、初めてナジュマが後宮を離れるのだ。しかも悪い意味ではないのだから感慨も一入であろう。
後宮はしばし存続することになった。この場はもはや王の女の為の宮ではなく、家に帰れぬ女達の住まいである。解放されるとあって国に帰ることを選ぶ女達もいたものの、元々奴隷だった女も多かった為そのまま後宮で暮らすことになった、というのが事の次第だ。王家の財産の一部を年金代わりに支給されることが決まり、ここでの暮らしの金銭はそれで賄われる。元々ナジュマに破格の金をかけていた程度なので、暮らしていくには問題ないだろうという試算であった。
「母様達、皆、元気でいてね。メーヤをよろしくね」
メーヤは治療中ということもあり、そのまま後宮暮らしだ。仔細は外交官として残されることになったオルローに頼んだのでどうにかなるだろう……し、いい知らせを待つ次第である。ワハハ、ナジュマは殊オルローには色々、本当に色々期待しているのだ。
「いつか母様達を呼べるといいなあ」
グランドリー王国は遠い。それに、大皇国皇帝の養女という立場を持ってしても人間の好みなどは左右出来るものになく、ナジュマがヒネビニルという男に気に入られるかもわからないから、女達を国に呼べるかすらわからない。
(わからないんだよなあ! 自分のことは見れないから、結果的にヒネビニルなる男の項を見ても自分がどうなるかわからない!)
眉間に皺を寄せたナジュマをどう思ったか、母達は代わる代わるベールを巻いてナジュマを抱き寄せた。香油で細かに光る美しい腕。この腕にどれだけ抱き締められて過ごしてきたことか。
「そんな日が来たら素敵だけれど、何より自分のことを考えて。私達のことはあとででいいのよ。貴女が幸せになることがメーヤや私達の一番なのだから」
「……有難う」
美しい母達、華やかな宮殿、柔らかな日々。全てが過去のものとなり、ナジュマは巣立つ。これからの人生をどうするかはナジュマ次第、全てを決めるのはナジュマの一挙手一投足によるものだ。
全て、ナジュマが決めるのだ。
「……さて、行こうか!」
──ナジュマ十八歳。
国を離れ、いざ洋々、嫁入り道中はここから始まったのである。
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