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王宮はそこかしこが騒めいて、しかしひと気はなかった。
「こうした時、反抗の意志さえなければ下働きなどはひと所に集められます。暴れなければ手を出さないのが鉄則です」
「なるほど、兵士の躾が行き届いているのか。流石大皇国軍、国の名に誇りを持つ兵士達だ」
「恐縮です。私はこの王宮に詳しくはありませんが、おおよそ食堂や各会場など部屋の規模によって集められているものかと」
「おや、外交官と聞いたと思ったが。わたしはそれがなんたるかを知らないが、大皇国からの仕事で王宮に来はしなかったのか?」
「大皇国の人間は王宮では嫌われるものですから。その代わり街でよく仕事をしておりますよ」
オルローが説明してくれる様々なことを聞きながら、ナジュマは初めて訪れた王宮を堂々と歩いた。後宮と同じに白亜の宮は、しかし後宮よりも妙な金のかかり方をしていて肌に合わない。
オルローを見る度兵士が道を指し示してくれる為迷うことはない。さくさくと辿り着いたそこはどうやら王の間で、宮の中で一番に煌びやかで下品だった。
傍には縛られて転がされている男達……重臣達だろう。そして広間の真ん中、サンスクワニが何かに座り、ナジュマに快活な笑みを見せる。
「おう、来たな!」
「終わったと聞いたが」
「おう、あんまり簡単すぎて血を見なかったぞ。こんなになまっちょろくてよく今まで無事だったもんだ」
ワッハッハッと高らかに笑うサンスクワニの真下、台がぶるぶると揺れた。
「おい、台が揺れるんじゃあない」
「我は台ではないわ!」
四つん這いでサンスクワニを乗せたまま喚くけったいな台はヨノワリ国王であった。その名もイベリュガ五世、彼は先祖から与えられた栄華だけをよすがに持ち上げてくれる者だけを近くに置いて、国をひたすら啜るだけ啜ってきた愚王である。
じっくり見なくても突き出た腹に不摂生で吹出物だらけの顔、台にするにも小さいことからわかる低身長、ついでのハゲと、この血がナジュマに流れているのは何かの冗談ではないかと疑いたくなる始末だ。
じっと見るナジュマをどう思ったか、サンスクワニは「感想は?」と問うてくる。ナジュマは一拍ののち眉間に皺を寄せ、「やっぱりチビハゲデブヒョロガリは嫌だ」とはっきり返した。
「ハハハハハハハハ!」
これにはサンスクワニ、今日一番の爆笑である。勢いイベリュガ五世を連打してしまっているが、縛り上げられて四つん這いにされている彼は逃げられず悲鳴を上げるばかりだ。
「いや、本当に似なくてよかったなあナジュマ姫! 今そこに立つお前がこのチビによく似ていたらと思うと涙が出そうだ!」
「……姫?」
ざわ、とさざめきが立つがナジュマは動揺もせず凛として立つ。男達の無様さとは真逆、その美しさ、強さときたら!
「姫だと!? お前が我の姫か!」
「姫君! お父上をお救いなさいませ!」
今までしんと静まり返っていたというのに、口々によく騒ぐことよ。ナジュマは高らかに笑ってその一切を拒絶した。
「何故わたしがその男を助けねばならぬ」
「父君をなんとする!」
「父とはいればよいものではなく、つまりただ在ればよいものではない。わたしに生涯実の父などないわ」
つかつかと近寄ったかと思えば手近な重臣を一人蹴り倒したナジュマに男達は慄く。ヨノワリは男尊女卑著しい土地にあるから、姫とはいえ男を足蹴にする女など理解の範疇にないのだ。
「ハハハ、わたしは暴力を振るったことなど今までなかったが、相手がクソだと思えば愉快だな。騎士服でちょうどよかった」
ゴロゴロと蹴り転がされる男はそれでも文句を言うだけ胆力がある方だろう。
「くそ、クソが! お前が王子であれば斯様な始末には!」
「ならなかったろうなあ。逆に貴様らのように育てられて貴様らのようになっていたのかもしれん。わたしは女で本当によかった」
「そうよ、ナジュマは女で本当によかった」
響いたのは別の女の声だ。ナジュマは笑顔で振り返る。
「母様達、どうしたの?」
「きっといいものが見れると思ってね、見学しに来たのよ」
「ジャリーファ!」
途端だ、ナジュマが蹴り倒していた男が叫んだ。ナジュマが母達を見れば三人の内、いつも中心にいる母が頷く。ナジュマが思い切り男の顔面を踏み締めると、母はコロコロと愉快げに喉を鳴らした。
「お久しゅうございます父上。貴方の娘でありましたジャリーファでございましてよ」
「ジャ、ジャリ」
「あまり無理に喋られない方がよろしいかと。ナジュマはどうやら加減を知らない質のようですので」
「加減してほしいの?」
「ちっとも?」
「全く?」
「どんどんやっていいのよ〜」
堂々とした許可にナジュマは力の限り男の顔を踏んだ。ボキリと音がするのに顔面の骨のいずこかが折れた気配を察する。うるさく吼えなくなるならちょうどよかろう。
「これがね、見たくてやってきたのよナジュマ。いい姿を見せてくれて有難う」
「いいよ母様。母様、他に父親はここにいる?」
「私は踊り子だったからいないわね」
「わたしは奴隷だったから〜!」
(なるほど)
ナジュマは母達の背景を全く知らないでいたのだと、今ようやっと気が付いた。
実際後宮では生まれ育ちは無関係だ。常識や教養がない女は教育されたし、教育を受けない女は自然下働き以下に落ちていくものと決まっている。とはいえ、そうした堕落もなく全てが平等であったのは、彼女らが平等に被害者で、そして頭上に戴くに相応しいナジュマがいたからなのだ。
後宮だけは絶対的に女達の平和の園として維持されていた。明るく輝かしいナジュマが、いたからこそ。
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