第10話 大公の息子
デリックと私は初めて会ったと思えないほど意気投合した。
というのも、彼は食事の好みから、ややインドア派である趣味まで私と一致していたから。小さい頃に遊んだマイナーなカードゲームの名前がデリックの口から出た時、私は驚いて笑い転げてしまった。
こんな話題で盛り上がったのはいつ振りだろう。
その昔、マルクスとレナードと三人で会話した時のことを思い出す。あの時もたしか、こうやって幼少期の話を語り合って、お互いの共通点を探したり、新しい一面を知って面白がったりしたものだ。
マルクスは根っからの少年気質で未だにヒーローもののアニメやドラマを観るのが好きで、レナードは王族というだけあって乗馬や冬場の狩りも楽しんでいるようだった。一度だけマルクスと共に野鳥狩りにお供させてもらおうとしたことがあったけれど、生憎の吹雪で実行には移せなかったんだっけ。もう二度と行くことが出来ないと思うと、残念だ。
「イメルダ、僕は感動しているよ。王都にここまで気の合う友人が出来たことは、きっと神様から僕への誕生日プレゼントだろうね」
「私の方こそ嬉しいわ。私…今は結構厳しい時期だから、貴方みたいに話し相手になってくれる人って貴重なの」
「ああ、婚約の件だね?話は聞いたよ」
悪質な詐欺みたいだ、と苦い顔で言って退けるから私はやはり南部までこの話は届いているのかと落胆した。
「ドット公爵家の子息も、見る目がないね。彼は一生を棒に振ったも同然だ」
「それは大袈裟よ。マルクスは最愛の妹と離れずに済んだんだから、きっと幸せに違いないわ」
「どうだかね。そういえば、君はどこかへ行く途中だったの?随分と奇抜な模様のドレスだけど」
分かっているのかいないのか、キョトンとした顔で水色のドレスの上に広がったシミを指差すから、私は正直に自分の悪口が生んだ結果だと伝えた。
デリックは少し驚いた顔をして、すぐに私にハンカチを差し出す。彼の親切な心は有難いけれど、もう時間も経ってしまったし、今日はこのあたりで退散して我が家の優秀なメイドたちに任せた方が良いかもしれない。
「ありがとう。でも、もう帰ろうと思うの」
「え?もう?」
「貴方にも挨拶が出来たし、父を探して先に帰ると伝えるわ。これ以上誰かと啀み合わないためにもね」
冗談っぽく添えて言うと、デリックは少し笑ってくれた。
「レナードも君の友人だと聞いたけど、彼には会って行かなくて良いのかい?」
「大丈夫よ。つい先週、私の式で会ったばかりだし」
私は軽く返事をしながらデリックと並んで階段を降りる。
階下ではダンスが始まったようで、男女のペアが踊っていた。
本当は少しぐらいレナードの顔を見てから帰りたかったけれど、私が危惧しているような謝罪の言葉を彼が並べ始めたら私は困ってしまうし、過ちを過ちと認められるほど辛いことはない。私にとっては、そうではないから。
「君と踊れないのは残念だな。今度また招待して良い?」
「またって、貴方暫く王都に居るの?」
「一週間ほどね。バカンスみたいなものだよ。知り合いも多いし、お茶会なんてどうだろう?」
「殿方がお茶会を開くなんてあまり聞かないけれど…私は甘いものが大好きだから歓迎するわ」
「良いね。じゃあ、イメルダ…再会を待ってるよ」
そう言ってデリックは身を屈めて、私の手の甲に口付けた。
私は手袋越しに柔らかい唇を感じて身を震わせる。
「ごめん、南部じゃ挨拶みたいなものなんだけど」
「いいえ……ビックリしちゃっただけ、」
タジタジになってなんとかそう言葉を返す私の後ろから、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。
振り返って私はその人物を確認する。
そこにはレナード・ガストラが立っていた。
「驚いたな。デリック、イメルダと仲良くなったのか?」
「まぁね、君に聞いた通りの素敵な女性だった」
「………そうだろう」
レナードは私を一瞥して口を噤んだ。今来たばかりなのか、レナードはまだ面を付けていない。私は彼がデリックに向けてどういう風に自分のことを紹介したのかとても気になったけれど、どうやら聞ける雰囲気ではなさそうだ。
心なしかレナードは少し元気がないようだった。結婚を前に気分が落ち込むこともあると言うから、彼もまた多くの婚前の者たちと同様にそうした期間を迎えているのかもしれない。
「レナード、またね。あまり気にすることはないわ」
「え?」
「マリッジブルーも一時的なものだから。貴方はきっと良い旦那様になるし、式も上手くいくわよ」
「なんなら当日晴れるように、僕も窓辺に人形でも下げて祈っておくよ」
それは良いわね、とデリックと笑い合って私は二人の元を去った。いつもはこうした軽口に乗ってくるレナードだけど、今日は不調だったのかやけに静かだったのは気になった。
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