第5話襲撃

 一時間前の平和な雰囲気はどこへやら。事務所の中は、今や死刑執行を言い渡された囚人のように、重苦しい空気に包まれていた。


聞こえているのは、緊迫した表情で宇宙人侵略の情報を伝えるテレビアナウンサーの声だけである。


そんな沈黙を破るかの様に、事務所への来客を知らせるドアホーンの音が鳴り響いた。



♪ピンポーン



「ハッ! まさか!」


「宇宙人!!」


とうとうベタ星人が、森永探偵事務所を襲いにやって来たのか!


しかし、宇宙人がドアホーン押して来るかね……


今現在、新宿は厳戒令が発令されている。

こんな時に、ノコノコと出掛けて来る人間などいる訳が無い。


シチロー達は、押し黙ったまま、やり過ごす事にした。


「…………………」


再び、ドアホーンが鳴った。


♪ピンポーン


「こちら、森永探偵事務所様でよろしいんですよね? 宅配のお荷物を、お届けにあがりました~♪」


そして、鍵の掛かったドアノブをガチャガチャと揺する音がした。


「怪しいわ……」


そう言って顔を顰めるてぃーだに賛同する様に、ジョンも頷いた。


「こんな時に、宅配便なんて持って来る筈が無いよな……絶対に怪しい!」


5人は、出来るだけドアから距離をおいて、息を潜めた。


♪ピンポーン


「こんばんわ~♪ お留守なんですか~?」


「しつこいわねぇ~早く帰ってよ……」


外に聞こえない程の小さな声で、子豚が呟いた。


「…仕方ないな……んだけど……『生もの』だから、とりあえず持って帰るか……」


「ちょっと待って! 今すぐ開けます!!」


極上ハムと聞いて、子豚が大声をあげた!


「あっ、コブちゃん! 開けちゃダメだっ!」


「だって極上ハムよ! 極上ハム!」


子豚は、皆が止めるのも聞かず、ダッシュでドアに駆け寄った。


ガチャッ






「ワレワレハ~ウチュ~ジンダ~~♪」


「キャアアアアアア!」


「だから言ったのに……」


ドアを開けた先にいたのは、当然、宅配便なんかでは無くベタ星人であった!


子豚は、ベタ星人から手の届きそうな程、近い距離にいる……このままでは、子豚が危険だ。


「クソッ! これでもくらえ!」


ジョンが、懐から銃を取り出し、子豚の背中越しにベタ星人めがけて撃ちまくる!


DAN! DAN! DAN! DAN!


しかし、ダースベーダー型防弾コスプレのベタ星人には、全く通用しなかった。


「やっぱりダメか……」


ベタ星は、必死に逃げようとする子豚の腕を掴み、自分のところへ引き寄せようとする。


「キャアア! 離してよ~!」


「コブちゃん!」


自衛隊をも全滅させたベタ星人を目の前にして、シチロー達ももはやこれまでか……


と思ったその時!


「コブちゃん! 伏せて!」


てぃーだが、キッチンから持ってきた消火器を構え、ベタ星人に向かって勢いよく放出したのだ。


シュウウゥゥゥーー!


消火剤は、ベタ星人の顔に見事命中!事務所の中は、50センチ先も見えない程、消火剤で真っ白になった。


いきなり消火剤を吹きかけられ動揺したベタ星人の隙をついて、子豚は掴まれていた手を振り解く。


「今のうちだ! みんな地下のガレージから逃げるぞ!」


「了解!」


てぃーだの機転のおかげで、シチロー達は危機一髪、ベタ星人の魔の手から逃れる事が出来たのだ。


「ふぅ……危なかったな……」


「私なんか、手ぇ掴まれちゃったわよ!」


地下のガレージから飛び出した車の中で、シチロー達は、ほっと胸を撫で下ろした。


「さて……逃げられたのはいいが……これからどうしようかな……」


ベタ星人に踏み込まれた事務所には、暫く戻る事はできない。だからといって、このまま外を徘徊しているのも危険極まりない事である。


「何なら、この近くにアタシのお世話になってる舞台の衣装倉庫があるんだけど、そこを隠れ家にする?」


本業で舞台役者をやっているてぃーだが、そんな提案を投げかけた。


「ティダ、そこって冷蔵庫とかある?」


「えっ? あるけど……冷蔵庫に何か用? ひろき?」


「エヘヘ~♪」


よく見ると、ひろきは先程ビールを山ほど詰め込んだバッグを、しっかりと持って来ていた。


「あ~っ! ズルイひろき! 私もプリン持って来るんだったわ!」


「コブちゃんはそれどころじゃ無かっただろ……」


呆れた顔でシチローが呟いた。


まもなく、シチロー達5人を乗せた車は、てぃーだが提案した舞台の衣装倉庫へとたどり着いた。


「へぇ~意外と広いんだな。それに、キッチンやシャワールームも付いてるし、ここなら暫く滞在出来るな」


この建物は、複数の劇団が互いに資金を出し合い集めた様々な衣装や着ぐるみ等を保管してある所で、てぃーだの所属する劇団も、時々この衣装倉庫を利用していた。


「わぁ~スゴイたくさん衣装があるね~」


ヨーロッパの貴族の衣装から、時代劇の着物、現代物用から、未来SF物の衣装まで……

この倉庫には、ありとあらゆる衣装が所狭しと並んでいた。


ひろきと子豚は、子供の様に目を輝かせて、それぞれの衣装を物珍しそうに見て回った。


「みて、ひろき。アイ~~ン♪」


子豚は、時代劇用の着物の中から、殿様の衣装を身に付け、更に顔をドウランで真っ白に塗って

あのベテランコメディアン演ずる“バカ殿”を真似て見せた。


「ああ~っ! いいな~コブちゃん。あたしも“変なおじさん”探してこよ~っと」


子豚とひろきは、先程の恐怖も忘れてしまったのか、すっかりコスプレに夢中になっている。


「ちょっと~! 二人共お願いだから、衣装汚したりしないでよ……」


この場所を提案した事を、ちょっぴり後悔するてぃーだであった。



☆☆☆



「ひろきに負けてられないわ! 何かもっと他にないかしら?」


バカ殿の格好をした子豚は、次のコスチュームを探しに、衣装を掻き分け奥へ奥へと進んでいった。


「まったく呑気なもんだな……コブちゃんとひろきは……」


シチローは、子豚達の様子を呆れ顔で見ながら、椅子に腰掛けて煙草に火をつけた。


「さっ! コブちゃん達はほっといて、今後の事を考えようか」


キッチンでお茶を淹れて戻って来たてぃーだが、ジョンに尋ねた。


「あのベタ星人はアメリカ政府が匿ってたんだから、弱点とか知らないの?」


「弱点と言ってもね……丸腰なら相手になるかもしれないが、あの戦闘服が厄介だな……」


特殊素材で出来た、あのダースベーダー型の戦闘服はたしかに厄介である。ことによると、弾丸以外にも熱や毒ガスなどにも対応しているかもしれない。


シチロー、てぃーだ、ジョンの3人が神妙な顔で作戦を考えていると……


「キャアアア~! 出たあ~!」


突然、衣装の奥の方から、甲高い子豚の叫び声が聞こえてきた!


「どうした! コブちゃん!」


子豚の悲鳴に驚いたシチロー達は、急いで声の聞こえた衣装倉庫の奥の方へと走り寄った!


「あれは!!」



「あれはベタ星人!!」


シチロー達が駆け寄った先には、腰を抜かして倒れ込んでいる子豚を見下ろす様に、ダースベーダーの格好をしたベタ星人が仁王立ちしていた。


「クソッ! いつの間に!」


すかさず、ジョンが懐から銃を取り出し、ベタ星人に向かって構える。


そして、引き金に掛けた指を引こうとした

その時……


「ああ~っジョン! それ撃っちゃダメェェ~!」


背中から、てぃーだが慌てた様子で止めに入った。


「それ、芝居の衣装だからっ!」


「え・・・・」


子豚の目が点になった。


「良く見てよ……それ、マネキンでしょ?」


確かに、そのダースベーダーは先程から全く動いていなかった。

てぃーだは、衣装に穴が空かなくてよかったと、胸を撫で下ろしている。


「なんだよ紛らわしい……衣装だったのか……」


シチローとジョンは、額の汗を拭いながら、呆然とダースベーダーの衣装を見て呟いた。




「ビックリしたわ! これ着てたら、中身がマネキンだなんて全然判らないもの」


大げさに両手をバタつかせ、子豚が怒りをあらわにした。


「それだよ! コブちゃん」


すると突然、シチローが、何かを思い付いた様に両手を叩いた。


「ティダ、このダースベーダーの衣装、あと四着程ないかな?」


「えっ?…探せばあると思うけど……」


「なる程、そういう事か」


シチローとてぃーだの会話を聞いて、ジョンもその言葉の意図を察したようだった。


「よし、シチロー、早速衣装を探そう!」


「ちょっと~! 一体、何をしようってのよ~?」


マネキンに着せてある、ダースベーダーの衣装を取り外しにかかるシチローとジョンを見て、不思議そうに子豚が尋ねた。


取り外した衣装を抱えながら、シチローが得意そうに説明する。


「今からオイラ達は、これを着てベタ星人になりすます。そうすれば、アイツらに襲われる事は無いよ」



名付けて、

『ワレワレハ~ウチュ~ジンダ~大作戦』



☆☆☆



5人の目の前には、数ある衣装の中から探し出されたダースベーダーの衣装が置かれてあった。


「さぁみんな! コレを着て」


そんなシチローの号令に“バカ殿”の格好をした子豚と“ヘンなおじさん”の格好をしたひろきが、不満そうに口を尖らせた。


「ええ~っ! 私、この格好の方が気に入ってるのに~!」


「あのね……コブちゃん……これは好みとかの問題じゃないの! ベタ星人に捕まってもいいの?」


シチローの説明に、渋々言うことをきく子豚とひろき。


「わかったわよ! 着ればいいんでしょ!」


そう言って子豚は、白塗りの顔の上からダースベーダーのマスクを被った。


「おいおい、その上から被るのかよ……」


「そうよ! まだ写メだって撮ってないんだから!」


「コブちゃん、後で一緒に撮ろうね~」


ひろきがそう言って子豚に笑いかけた。


実は、この事が後に重大な結果を招く事になるのだった。



「こんな事でホントにベタ星人の目を欺けるのかしら……」


不安そうにてぃーだが呟いた。


「心配無いよティダ。これなら、どこから見てもベタ星人だよ」


シチローは、鏡の前で腰に手をあててポーズをとりながら、自信満々に言い放った。


「ところでシチロー、言葉はどうする? ベタ星の言葉なんて解らないだろ?」


ジョンの質問に、シチローは少し困惑したが、出来るだけ会話は避けて無言でいようという事で、皆の意見は一致した。


その頃……無敵を誇るベタ星人達は、屋内に籠もっている住民達までをも次々とあのマユに閉じ込め、街は壊滅的な被害を被っていた。


そして、一人のベタ星人が……シチロー達の隠れているあの衣装倉庫へと踏み込もうとしていたのだった。



☆☆☆



何気なく窓の外を眺めていたひろきが、「あっ」と短い叫び声を上げた。


「シチロー大変! 外にベタ星人がいるよ!」


「なに! もうこんな所まで攻めて来てるのか!」


一同に緊張が走った。


「しまった……鍵掛けるの忘れてたわ……」


慌てて鍵を掛けようと、ドアの方に走っていったてぃーだだが……それよりもベタ星人の方がひと足早かった。


ガチャッ


「!!!!!」


(いいか…オイラ達はベタ星人だぞ……みんなバレないようにしてくれよ)


(私達はベタ星人……私達はベタ星人……)


言葉に発しない様に、皆、心の中で暗示をかける。


勢い良くドアを開けたベタ星人は、不自然に5人固まって立っているシチロー達に向かって声を発した。


「おいっ! お前ら、こんな所で何やってるんだ! サボってないで仕事しろ!

俺なんかもう百人は捕まえたぞ」


「えっ、日本語?」


無言で通す筈が、思わずこんな言葉をかけてしまったシチローに、ベタ星人は不思議そうに答えた。


「そりゃあ、からな……変な事訊く奴だな……」


これも、ベタ星の進んだ科学技術の産物である。翻訳機を日本語にセットすれば、ベタ星人が喋った言葉は、ほぼ同時に翻訳され日本語として発声される。逆に聞き取る方は、全宇宙の言葉を瞬時にベタ星の言葉として聞く事が出来るのだ。


「ところでお前達、ここで何してたんだ? 見たところ、ここに人間はいない様だが……」


「いやあ~ちょっと休憩を」


日本語が通じると知って、頭を掻きながら平然と質問に答えるシチロー。


「なんだ、みんなで休憩してたのか~」


ベタ星人も、シチローの真似をして頭を掻く仕草をする。


「いやあ~そうなんですよ~」




バン!!




「お前ら、俺をナメてんのかあぁぁっ!

休憩なんてしてる場合かっ!!」


軽く流してくれるのかと思いきや、ベタ星人はテーブルを両手で叩いて怒鳴り声を上げた。


どうやら、このベタ星人は、何人かの部隊をまとめる、少し高い地位にいる者らしい。

「ほらっ! さっさと人間共を捕まえて来い! じゃないとケツを蹴り飛ばすぞ!


「ハッ! ハイ! 直ちに!」


ベタ星人に「ケツを蹴り飛ばす」と脅され、5人は慌てて外に飛び出そうとする。


しかし、その時に子豚とひろきが二人揃って、テーブルの脚に爪先を引っ掛けて派手に転んでしまった。


ベターン!


そして、運の悪い事に、転んだ拍子に二人が被っていたダースベーダーのマスクが脱げ、床の上をゴロゴロと勢い良く転がっていった。


「ああっ! 頭が取れた~!」


「むっ! お前ら、ベタ星人じゃないな!」


せっかくの変装も、ものの一分であえなくバレてしまった。


チャリパイ再び、絶対絶命のピンチ!!




「おいっ! そこの二人! こっちを向いて顔を見せろ!」


転んだ後ろ姿を見ても、それがベタ星人では無い事は、ハッキリと判る。


「………………」


「おいっ! 何をしている! こっちを向けと言ってるんだ!」


立ち上がったまま、まだ後ろを向いている子豚とひろきに、ベタ星人は更に大きな声で命令した。


「お前ら! こっちを向かんかあぁぁ~!」












「アイ~~ン♪」


「だっふんだ~~♪」


「コブちゃん達・・・」


この緊迫した環境で、ギャグをかます子豚とひろきに、シチロー達三人は、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。



ダースベーダーのマスクの下は、まさに“バカ殿”と“ヘンなおじさん”メイクの子豚とひろき。


「プッ……プハハ♪…」


宇宙人の笑いの感覚がどの様なものかは定かではないが……この意表をついた子豚とひろきのギャグは、ベタ星人の笑いのツボを的確に捉えたらしかった。


「ウケた~~」


「やったわ、ひろき」


子豚とひろきは、手を取り合って喜んだ。


「もう……コブちゃん、そのタイミングでやるかよ……」


「いいじゃない。これでベタ星人も機嫌直してくれるわよ」


そう言って、ベタ星人を見ると、まだ笑っている。


「ヒャハハハ…ハハ…」


「よっぽど面白かったのね……」


冷めた目でベタ星人を眺めながら、てぃーだが呟いた。







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