第14話 屋根裏
4月4日 金曜日 PM 00:30
「っていうか、ホント馴れ合いうんぬん言ってたの取り消してよ、まったく………北浦君のルームメイトの話!」
月光寮は基本的には相部屋で、二人で一部屋を使うことになっている。入寮は三月からで、実は入寮したばかりの新一年生たちは、すでに一週間ほど共同生活をしており、ほとんどの寮生が入学前から顔見知りなのだ。
「俺のルームメイト?………誰だっけ」
「ひど」
そういう事情にも関わらず、イアンは何食わぬ顔で由良に答えた。すでにサンドイッチを食べ終え、資料に目を通しながら。
「そういうお前はどうなんだよ、由良」
コイツ………
あくまでも我を通すわけか、この男は。セッションではそれが上手く転がるかもしれないが、プライベートでは間違いなくメンドクサイ。
「私は一人部屋だよ」
実を言うと、由良は入寮の申し込み締め切りの日付を勘違いしていた。気づいた時にはすでに三日を過ぎていたが、くよくよしても仕方ない、と何とか学校に平謝り、拝み倒して、月光寮へねじ込んでもらったのだが。
「屋根裏みたいなところなら空いてるっていわれてさ、まあ選ぶ資格もないから入ったんだけど。出入り口もなかったから、急造のはしご使って出入りしているよ」
屋根裏なのに、何故かシャワールームがあるのが不思議だったが、由良にとっては渡りに船。難を言えばトイレがないから、いちいち共用トイレまで行かなければならないことと、ギシギシと揺れるはしごを上り下りする時に、下からスカートの中が見えることぐらいか。
「まあ、かび臭かったけど中は意外と広いし、なにより………」
「なに?」
「何でもないよ。まあ、結果的にラッキーだったってだけ」
由良の眼鏡が曇るのを、凍子は見逃さなかった。しかし、パスタを食べ始めた由良に話を続ける気がないのがわかると、彼女もそれ以上は続けなかった。
由良という少女は、隠したいことがあると、それを眼鏡に隠す。凍子は解した。
「屋根裏………」
一方、メンドクサイ男、イアンがつぶやく。何故か屋根裏部屋に関心があるように見えるが?
「どしたの?」
もぐもぐとパスタを咀嚼していた由良が、イアンに問いかけた。そして問いかけなければ良かったと思った。
「なあ、今からオマエの部屋行っていいか?」
「んぐっ!」
イアンのとんでもない発言に、由良がパスタをのどに詰らせた。
慌てて飲み物を取ろうとすると、凍子が代わりに取ってくれた。
「はい、ショーユ!」
「!?」
首でも絞められるかと思った、とは凍子の談。二人まとめて殺してやろうと思った、とは由良の談。
ようやく水の入ったコップを掴んだ由良は、急いでそれを飲み干す。
「はあはあ………」
「そんなに急いで飲むと体に悪いぞ」
首でも締めるんじゃないかと思った、 とはイアンの談。二人まとめて殺してやろうと思った、とは由良の談。
「ダメに決まってるでしょ!」
プライバシーはどこいった、この男は。
「男連れ込んだなんてバレたら、一発退寮どころか退学だよ!」
ざわざわざわ………周囲のざわめきが次第に大きくなる。ただでさえ注目を集めていたこのテーブルで、パスタを喉につまらせ、さらに連れ込むだの退学だの喚いていれば、それも当然。
「あーもう! 部屋戻る!」
セッション開始まで時間がないが、仕方ない。部屋で資料を覚えることにしよう、と由良は空の食器を持って立ち上がった。階段昇るのメンドクサイんだよなあ、言ったよね?
「ついていっていいか?」
「くんな!」
由良の懊悩など気にも留めないイアンの無遠慮な一言に振り返りもせず、彼女は食堂を出ていってしまった。
「今のはイアンが悪い」
「そうか?」
凍子の指摘も、やっぱりイアンには響いていない。
「………なあトーコ、頼み事があるんだが」
「断る」
「え?」
「イアンはもう少し、他人に関心を持つべき」
食べ終わった凍子が、由良に続いて空になった食器をもって立ち上がる。それを待ってましたと言わんばかりに、さっそくルームメイトに付きまとわれてしまう。うんざり顔のトーコを遠目に、イアンは独りごちた。
凍子の言葉も、由良の言葉も、玲於奈の言葉も、イアンはちゃんと聞いているし、言っている意味だってちゃんとわかっている。だが、それらの言葉を自分がどうしたいかは別だ。というよりも、イアンにとっては、それらを鑑みる意味がないのだ。
だからずっと言っているのだ、イアンは。プライバシーに立ち入るなと。
―—イアンはもう少し、他人に関心を持つべき―—
凍子の忠告を思い返してみて、やはり確信に至る。女生徒にもてることも、ルームメイトの名前を覚えることも、言ってしまえばTRPG部の活動だって、はっきり言ってどうでもよかった。
だって―—
「みんな、姉さんと何の関係もないじゃないか」
1,6【イチロク】 DaydreamBeliever @DaydreamBeliever3
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