第13話 ショーユ
4月4日 金曜日 PM 00:25
月光寮。
美里芸術科学高校に隣接する学生寮である。もちろん、男女で棟は分かれているが、それらを繋ぐ棟には、男女共用の学生課とレクレーションルーム、自習室、大浴場、食堂が設置されていた。
制服、私服、ジャージ姿の生徒たちが入り混じって、食堂でランチを取っている。基本的には、朝夕の二食のみで普段はランチなどやっていないのだが、学校行事が半日のときはやっているのだ。
せっかく寮費に食費も入っているのだから、よほどの事情がない限り、寮生たちは昼食を取りに寮に戻ってくるのだ。
本日の昼食はAメニューのハヤシライス、Bメニューのパスタ、Cメニューのサンドイッチから選べる。すべてのメニューにミニサラダもついており、どれも美味しそうだ。
うーん、パスタもいいけどなあ………午後からセッションがあるから、なるべく臭わないのがいいんだけど。由良はメニューを眺めつつ、TRPG部のことが頭をよぎる。いや、正確にはあの芹沢という男のこと。
入学仕立ての生意気な一年坊のはねっかえりも、挑発的な言動も軽く受け流してくれていた。それは由良にもわかる。イアンだってきっとわかっている。
その教師が最後に見せたあの圧。
―—まずは見せてくれ、君たちのセッションを―—
由良は興奮を覚え、身体が熱く疼いていくのを感じていた。首のタトゥーが鮮やかになっていくのを必死に押さえ込んだ。
危なかったなあ、あの芹沢って男………
ミートソースの香りが食欲をそそる。由良は夢想を止め、Bメニューのパスタを取ると、空いているテーブルに座った。
もちろんテーブルの脇には、マスターからもらった資料。少々行儀が悪いが、今からこれを頭に叩き込むのだ―—
「ちょっと」
向かいの空いていた席に、何も言わずにイアンが座った。当たり前の態度で、当たり前の表情で。あ、北浦君サンドイッチなんだーって………
「なんでこっち来るかな。馴れ合いはごめんって言ってなかったっけ?」
「セッションは別だろ」
由良に図星をさされても、イアンはどこ吹く風で、テーブルの資料を指さしている。つまり、これは馴れ合いではなく、あくまでセッションに挑むため、セッションを成功させるため、らしい。
「成功させたいんだ」
由良が笑う。
「やるからには、な」
イアンはそう言って、サンドイッチをつまみながら、資料を読み始める。
何だかんだいっても、彼はTRPGをプレイしたいのだ。気に入らないことがあったら、他人を平気で害するような人ではないのがわかった。それに関しては、大した心配はしていない、いま心配しているのは―—
「視線が痛いなー」
ここは寮の食堂なので、当然上級生もいる。同級生だけでなく、上級生のお姉さま方の嫉妬丸出しの視線までもが、由良に突き刺さる。もうハリネズミ状態だ。
「って、岩王さん?!」
なんと、凍子がイアンの隣りに座った。わー、ハヤシライスだー。意外だなー、小柄で細い岩王さんが、ハヤシライス大盛りかー。
由良は呆気に取られ、美しい所作でハヤシライスを食べ始めた凍子を眺めることしかできなかった。
イアンと凍子。二人並んでいるとまるでお似合いの美男美女。女子だけでなく、男子の鋭い視線まで追加されてるんですけど。
「イアン、ショーユ取って」
「ん」
なに、今のやり取り。
二人の醸し出す自然な、そして何者をも寄せ付けないオーラが、周りの連中の戦意をみるみる喪失させていくのが面白かった。醤油をかけたサラダに渋い顔をしている凍子には、この際目を瞑ろう。
しかし、そんな中負けじと鋭い視線を向ける一人の女生徒がいた。同じ一年生のはずだが………なんであの子、イアンに敵意を向けてるの? 確かに、彼女は私でもなく、イアンを睨んでいるが?
「ワタシのルームメイト、アレ」
由良の視線に気づいた凍子が、そっちを見ようともしないで答える。おいしそうにハヤシライスを食べながら。
「誘ってきたけど断った」
お昼を?
「シャワールームまで入ってきたクレイジー」
お昼じゃないな。
あ、そういう? そういうタイプの女の子? そりゃ私やイアンを睨むよなー。
「いや、相部屋も大変だねぇ、岩王さん。北浦君の方は?」
「トーコ」
「え?」
ハヤシライスを頬張っていた凍子が、由良を見据える。冷たい印象を与える彼女の意外な反応に、由良も少々驚いた。
「トーコでいい」
「あ、そう? じゃあ私は由良でいいよ」
「ユラ」
うわー! なに今の顔! いま私の名前を呼んだ時、微かに笑ったよね? いやいや、照れるなこれは。あ、クレージーなルームメイトがぶっ倒れた。
ちょっとした騒ぎが、食堂のあちらこちらで起こる。それでも二人は気にすることなく、食事を続けている。この二人の挙動がどれだけ注目を浴びているのか、まだ自覚していないのか。
「で、何だっけ由良」
「なんで北浦君まで!」
あーもう!
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