第10話 キャラメイク

 4月4日 金曜日 AM 11:43


「皆、口にはしないけれど――いや、幾人かは口にしたのかもしれないが」


 少しだけ苦笑いを見せつつ、芹沢は続ける。


「それぞれに考えがあるのは当たり前だ。でも、目的は違ってもセッションを成功させたい気持ちは確かなんだろう? TRPGをプレイする以上は」


 芹沢の、教師の、年長者の言葉に、みな無言を持って答えとした。


「じゃ、よろしく頼むよ部長」


 芹沢が席を立つのと入れ替わるように、玲於奈が彼の座っていた席へと着いた。

そして、自分のカバンから取り出した資料を全員に配り始める。それは部員たちだけでなく、芹沢にもだった。


「芹沢先生、記録員をお願いします」

「そうだね。じゃあ僕は一度職員室に戻るよ、記録員の準備もあるし」

「キャラメイクが終わったら昼食を取ります。セッション開始は午後一時に」


 芹沢が手を振りながら、部室を後にする。彼の背を見つめる、玲於奈の表情の変化に誰も気づかなかった。何故なら―—


「………」


 皆が玲於奈から渡された資料を読みふけっていたからだ。

 彼女の手書きで書かれたルーズリーフの束。由良と保は、カバンから自前のバインダーを取り出して、さっそく収めている。

 もちろん、ほんの一部であろうが、これから始める新しく彩られた世界の風景が、そこには描かれている。

 オーソドックスな剣と魔法の中世ファンタジーのようだが、独自な単語やルールも含まれていて、経験豊富な者は、既存のルールブックを記憶から引っ張り出して、擦り合わせている。経験の浅いものは………一から覚えた方が早そうだ。

 そして、それらを踏まえてキャラメイクをしていくとなると当然―—


「俺、よくわかんねえから、ファイターでいくかー」


 当然こうなる。

 まあ経験の浅い、ましてやまだTRPGが二回目の勝利だ、仕方のないことだろう。


「じゃあ私も戦士やろっかな」

「僕も」

「前衛は任せて」

「………死ぬ気か、おまえら」


 どっと笑いが起きる。なんだかんだ言っても、彼らはTRPGが始まれば楽しいのだ。まだ見ぬ世界を満喫するための、自らが仮託したキャラクターを創る。こんな楽しいことがあるか? 凍子やイアンでさえ、文句ひとつ言わず、資料とにらみ合いながら、頭の中で自分のキャラクターを創造していく。

 この間、マスターである玲於奈は、黙って聞いている。彼らの言葉を。穏やかな笑顔のまま。



 4月4日 金曜日 AM 11:59


 どれだけ経っただろう。実際には十数分だっただろう。しかし彼らにとっては、濃密で有意義な時間であった。

 初めての、そして部活が無事始まればいくつものセッションを重ねていくであろう中での、ほんの一瞬。しかし彼らは、この高揚する気持ちが、きっともう二度と味わえないという予感もあったのだ、確かに。


「ま、これからが始まりだからな。絶対に先生に認めさせて、部活を立ち上げんぞ!」


 勝利が、玲於奈にキャラシートを渡す。

 玲於奈は頷きながらそれを受け取った。

 キャラシートは全部で三枚。記録員とマスターに提出する二枚と、自分で持つ一枚。マスターに提出するキャラシートは、項目が簡略化されており、キャラクターの情報をすべて開示する必要はない。それでも、勝利から受け取ったキャラシートは、玲於奈には重かった。一人の人間の命の重さを感じた。

 それがあと四つもあるのだ。

皆から一枚一枚受け取るたびに、玲於奈は鼓動の高鳴りに、頬を紅潮させていくのだった。

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