第9話 顧問

4月4日 金曜日 AM 11:33


 呆気に取られる一堂。

 いま、高野勝利と塩谷玲於奈は何と言った? 同時に何やら叫んだようだが、二人はお互いのことなど一顧だにせず、満足気に頷いている。窓ガラスが飛び散ったにも関わらず。

 あまりの状況に、保が突っ込みをいれる。


「とりあえずガラス片付けようか」

「あ、はい」

「そっすね」


 全員が掃除用具を手に、割れたガラスを片付けはじめる。

 だいたい、風も吹いてないのになぜ? 怪奇現象か、局地地震か、何者かの蛮行か。そんな愚にもつかない考えを頭に浮かべつつ。


「もしかして俺を追ってきた運動部か?」

「いやー、うちのクラスの女子かも」

「そんなわけないだろ」

「北浦君には言われたくないなー」


 勝利や由良、イアン達が愚痴をこぼしながら片付けていると、突然部室の扉が開き、スーツ姿の男が入ってきた。

 緊張が走る。もしや犯人か!

 男は生徒たちの手にしたガラスの破片を、そして割れた窓ガラスの跡を見て、一瞬顔をしかめるが、すぐに穏やかな笑顔に戻った。


「一年一組の担任の芹沢だけど、何かあったのかな?」


 なるほど、たしかに入学式で見覚えがある。女生徒達が騒ぐほどには整った顔立ちと清潔感、何より人当たりの良さそうな笑顔が素敵。


「新しい部活を始めたいということで、様子を見に来たんだが……」


 芹沢が玲於奈へ視線を送るも、彼女は不思議そうな顔をして見つめ返しているだけだった。


「話を聞かせてくれないか?」



4月4日金曜日 AM 11:40


 ガラスを片付け終え、銘銘が着席している。割れた窓ガラスには応急処置として段ボールがみっともなく貼られていた。


「なるほど、部活の方針か」


 芹沢もみんなと向かい合う形で椅子に座り、一連の話を聞いてみると。

 この部活の方針。

 確かに大事なことだ。十分に話し合うことは当然だ。芹沢は難しい顔を見せる。

 もっとも芹沢の懸念は、方針による部員たちの離合や反目といった些細なことではなく、「この部活が学校に認可されるのか」なのだが。

 なので、彼はこう言うしかなかった。


「だけど、まだ成立もしていない部活の方針を決めるなんて、まじめ過ぎないかい、君たち」

「それって、皮肉に聞こえるんですけど」


 芹沢の言葉に、間髪入れず反論するのは由良だった。眼鏡の奥から、一年生の女子生徒がイケメン先生に向けてはいけない眼光を垣間見せながら。

 しかし、芹沢は気にする様子もない。


「そう、皮肉だよ。だって、この部活の活動許可はまだ下りていないんだからね」


 美里芸術科学高校において、クラブ活動を行うには3つの条件がある。部活動を行う場所、5人以上の部員数、そして顧問だ。

 場所は、この部室。

 部員数は6人。

 そして顧問は……顧問は……顧問は?


「おい、部長?」


 勝利がジト目で玲於奈に問いかける。しかし玲於奈は明後日の方向へ目を逸らした。

 こ、こいつ、顧問はどうするつもりだったんだ? まさか考え無し? 由良が呆れながら戯けるように言った。


「塩谷さん、それはないわー」


 なにやら大層な野望を掲げていたようだが?

 部員達全員に呆れられかねないこの空気を、芹沢が笑い飛ばした。


「あはは、塩谷はもちろん忘れてなんかいないよ。入学式の後、ちゃんと僕に顧問の件を申し入れていたからね」


 責められ詰られ萎縮していた玲於奈が、今度はドヤ顔で周りを見渡す。なんだ、コイツ可愛いかよ。


「でも引き受けるとは言ってないが」


 芹沢の言葉にあからさまにショックを受けて目を見開いた玲於奈を、もう部員達は気にかけることをやめにした。


「君たちのセッションをみてから決める」


 イアンが何やら言いたげに芹沢を凝視するが………


「まずは見せてくれ、君たちのセッションを」


 圧を感じてイアンは押し黙った。相変わらず爽やかな笑顔を浮かべる芹沢という男の本性を少しだけ垣間見てしまったかのように。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る