第8話 方針

 4月4日 金曜日 AM 11:25


 そもそも、この部屋はなんだろうか?

 他の教室よりも一回り狭い造りで、室内灯といえば一昔前の白熱灯。

教室の前方にある黒板と、古いながらも整然と並んでいる複数の机と椅子が、かろうじて教室として使っていましたよ、と主張していたが。

 そして南側の壁には木造の棚が並べられ、様々な雑貨や小道具が展示してある。部室に入ってきた時から、保と由良が物珍しげに見ていた品々だ。さらに後ろの壁には本棚があり、ファイルされた資料らしきものがたくさん詰め込まれている。

 全体的に、ごちゃごちゃとした印象を受ける教室ではあったが、不潔感は不思議となかった。恐らく、誰かが小まめに掃除していたのだ。


「では、みなさん。『私たちの』TRPG部が無事立ち上がったということで―—」


 すっかりこの部屋の主になったかのように、場を取り仕切り始める玲於奈。まあ、部長に就任したのだから、当然といえば当然。部員は部長に従うのが当然といえば当然。玲於奈は皆を見回しながら、話を続けた。


「さっそく、今から部活動を始めましょうか」


 もちろん、部長の提案に驚いたり逡巡したりする者はいなかった。


「もちろんだ。みんな用意はしてきたんだろ?」


 勝利の言葉に頷く一堂。3月の、『あの』桜の樹の下でのセッションから、この日が来るのを待ち侘びていたのは勝利だけではない、と言わんばかり。

 否、一人の生徒がこの部室に来たときから――というよりも初めから変わらぬ態度だったか―—ともかく、その鋭い眼光を部長に向けたまま言った。


「ちょっといいか」

「なに、北浦君」


 イアンの冷たい呼びかけも柳に風。玲於奈は笑顔で彼を見つめ返した。


「この部活は、どういう方針でやるんだ?」

「方針?」

「どこまで『真剣』にやるのかって話だ」


 真剣に。

 イアンの言葉に、皆が顔を合わせる。確かに気になっていたことだ。玲於奈の「部活再開宣言」からの、間髪入れずのセッション開始提案に、まるで乗せられるように促された。

 だが、セッションを始める前に、部活を始める前に、部全体の方針を聞くのも悪くはない。それを聞いてから、この部活に入るのを止めたっていいわけだ。


「確かに、そこらへんをはっきりさせないとね。貴重な高校生活を捧げるに値する部活なのか、そうでないか、さ」


 由良が言った。不思議だったのは、由良の視線がイアンに向いていたことだ。


「そう、だね。部長の私の意見としては、みんなで楽しくTRPGをプレイしたい。それが第一かな」


 緊張が走る。

 イアンと由良、二人の言った言葉などまるで意に介さず、玲於奈は笑みを浮かべながら続けた。


「第二に、部員のみんなと仲良くなりたいかな」


 イアンが部室を出ていこうとする。凍子もだ。

 え? なぜ凍子が? 由良ならまだしも、ずっと見ていただけの凍子が、玲於奈の言葉を受けて、イアンの後に続いたのだ。保が慌てて二人を引き留めようとした。

 しかし、イアンが扉の前で振り返る。


「俺たちはあくまでも部活仲間だ。立ち入るな」


 イアンに続き、今までまったく言葉を発しなかった凍子が口を開いた。


「馴れ合いはごめん。セッションに影響する」


 二人の言葉に、再び緊張が走る。Uターンをしながら全速力で。

 その時だった。

 ガタガタガタガタ―—

 部室の窓ガラスが震える。それこそ台風がたたきつけるかのように窓枠全体を揺らし―—

 ガシャーン!


 窓の一つが吹き飛んだ。


「は?」


 イアンが呆気にとられる。凍子も目を見開いたまま、窓を見つめている。

 皆が息をのむ中、一人、いや、二人の人間がまっすぐに前を向いていた。窓ガラスが割れたことなど、まったく気にする様子もなく。

 堂々と宣言したのだ―—




「俺そはし兄て貴第を三越にえこるのプ部レ活イをヤ世ー界に一なにるし!ます」




――二人同時に。


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