第7話 自己紹介
4月4日 金曜日 AM 11:00
美里芸術科学高校は、とある山沿いに建てられた高校である。コンクリート造りの新校舎は平地だが、旧校舎といわれる木造の古い校舎は、まさに山の斜面の上に建てられており、珍しい造りをしていた。
その旧校舎のなかで、2階の奥に位置している、数年間誰も使用したことのない教室がある。大げさな鍵で施錠され、何に使われていたのか、何故使われなくなったのか、誰もわからなくなると、さまざまな噂話が流れ始めた。やれ、変な儀式を行うだの、異世界へ通じるだの、タイムスリップするだの、死んだ人に会えるだの。
静かで薄暗く、生徒も教師も近寄りがたい、そんな目立たない教室に、今6人の生徒たちが集まっている。施錠されていた重い鍵はすでに開けられており、黴臭く蜘蛛の巣だらけで荒れ果てていると思われた教室内は、意外にも掃除が行き届いていた。整頓された机と椅子は、他の教室のそれよりも古かったが、これらもやっぱり手入れがされていた。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
塩谷 玲於奈は穏やかな笑みを浮かべならが、そう言った。まるでそうすることが前から決まっていたかのように、彼女はそう言った。
どうして彼女は笑っているのか、それは誰にもわからない。岩王 凍子と北浦イアンは、つまらなそうに椅子に座り、斐伊 保と大星 由良は珍しそうに教室内を探索していた。そして、高野 勝利は、椅子に座りながら、下を向いて必死に息を整えている。
「えっと、高野君。大丈夫?」
「ちょ………先に………やって………」
勝利は顔さえあげずに、心配する玲於奈に答える。無理もない、今の今まで運動部員たちから逃げ回り、学校中を走り回って、何とかこの旧校舎の教室に逃げ込んできたのは、数分前のこと。ちょっとしゃべる余裕もない。
「うーん、と、じゃあとりあえず高野君は後回しにして、みんな自己紹介をしましょうか」
玲於奈の提案に、皆は頷く。
「じゃあ私から………塩谷 玲於奈(しおや れおな)です。 クラスは6組で、マスター志望です」
栗色の長い髪を靡かせ、玲於奈はまっすぐに前を見据えた。一見すれば冷たい印象を与えるその鋭い眼差しも、満ち溢れた自信を垣間見せるせいか、嫌みに感じさせない雰囲気を持った美人だった。彼女の所作も、気品を感じさせた。
「えーと、斐伊 保(ひい たもつ)です。神道科で、プレイヤーとマスター両方志望、かな。よろしく、みんな」
一つ頭抜けた長身の保は、皆を見下ろしながら自己紹介をする。しかしその長身とは裏腹に、表情は和やかで仕草もどことなくおっとりとしており、同い年の彼らの中で割と落ち着いて見えた。
「北浦 イアンだ。1組。志望は特にない」
ぶっきらぼうを絵にかいたような態度のイアン。クラスの女子がさっそく声をかけてくることからわかるように、だれもが認めるイケメンだったが、陰鬱な目元と面白くなさそうな表情が、マイナスの印象を与えていた。自己紹介を済ませると、再び窓の外を見た。
「大星 由良(おおぼし ゆら)です。北浦君と同じ、1組だよ。志望はプレイヤーかな、よろしくね」
由良は自身の大きな眼鏡を少しだけずらして、その深紅の瞳を輝かせた。両のおさげがかわいらしく揺れる。そして、眼鏡を元に戻す。明るい笑顔を浮かべていたが、どこか嘘くさく聞こえるのは気のせいだろうか。
「………岩王 凍子(いわおう とうこ)。5組。プレイヤーオンリー」
手短に自己紹介を済ませた凍子は、見た目通りの冷たい印象を振りまきながら、目線はうつむいたままの勝利へ。その表情はまったく変化を感じさせず、何を考えているのか全くわからなかった。
「ふー………よっしゃ、復活!」
今まで息も絶え絶えに、みんなの自己紹介を聞いていたのかいないのか、ひたすら呼吸を整えていた勝利が元気に立ち上がる。
「高野 勝利(たかの しょうり)だ。クラスは4組。もちろんプレイヤー志望だぜ!」
頭のバンダナを結びなおし、ニヤリと笑う勝利。見た目も言動も、まさに予想通りの暑苦しい少年だった。玲於奈とは真逆の意味での満ち溢れた自信は、自分の力に裏打ちされた自身ではなく、見通しの甘い何の根拠もない、だけれども、誰にも手の出せない己の自身だった。
「じゃあ自己紹介が終わったということで、今から『TRPG部部長』を決めたいと思うんだけど」
玲於奈の言葉に、皆が目を合わせる。こいつ、何言ってんだ? という態度だ。
「え、どうしたの、みんな。こいつ、何言ってんだ? って顔して」
「そりゃ、こいつ、何言ってんだ? って思ってるからな。部長なら塩谷でいいんじゃねえか?」
勝利の言葉に、皆が同意する。今までの言動、流れで、部長が玲於奈以外にあり得るのか、と誰もが思う。しかし、保だけが難色を示して声をあげた。
「でも、塩谷さんは6組の委員長を任されてるんだよね? 大丈夫なの?」
それはさすがになあ。皆が渋い顔をする。
委員長の仕事もやって、部活の部長もやる。しかもまだ学校生活も始まったばかりで、右も左もわからない、そんな時期なのだ。玲於奈の負担を考えれば――
「私、やります。大丈夫」
玲於奈がニコッと笑う。
男ならだれもが見惚れる彼女の笑顔が、実は少々厄介なものだと気づいた者がいた。だが、わざわざ指摘する必要もない、と黙ったままだ。
「なら、僕が副部長をやるよ」
言い出した手前、全てを玲於奈に押し付けるのが気の引けた保が名乗り出る。それについても、特に誰も言わなかった。
「ありがとう、斐伊君。それでは、部長である塩谷玲於奈が、挨拶をしたいと思います」
5人の部員が一斉に玲於奈を見据える。玲於奈は彼らの様々な思惑を込めた視線を一身に受け、はっきりと口を開いた。
「美里芸術科学高校、TRPG部の『再開』を宣言します」
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