第6話 高野 勝利(たかの しょうり)
高野 勝利は『勝利』という名前のわりに、勝利の味を知らなかった。
高野 勝利には兄がいる。七つ上の兄だ。そう、七つ年上の兄がいるということは、そういうことだ。
ありとあらゆる分野で、勝利は兄に敗北し続けてきた。そしてこれからも敗北し続ける。そういう運命なのだ。
兄に勝てなければ。
勝利にとっての『勝利』とは兄に勝つこと。それだけが彼にとっての全て。兄から敗北を与え続けられた結果、勝利がそうなってしまうのも無理はなかった。
「いたか!」
「すみません! 見失いました!」
「馬鹿野郎! 何としてもヤツを捕まえろ!」
粗野な怒声が飛び交う。まるで高校生のセリフとも思えない。
しかし、実際に彼らは怒鳴り散らしながら、一人の男子高校生を捕まえようと躍起になっていた。
「高野勝利を入部させないと、俺たちが殺されるんだぞ!」
そう、彼ら運動部員の捕獲目標は、勝利だった。とにかく彼を捕まえて、自分達のクラブに入れる。入部さえさせてしまえば、勝利の生死さえ問わない勢いだった。
新一年生のための、講堂での上級生たちによるクラブ紹介。そう、ここ『美里芸術科学高等学校』には、百年前に建てられた講堂が現役で使われているのだが、講堂でのクラブ紹介が終わるやいなや、運動部員が一斉に勝利のもとへ駆け寄り、逃がさないように取り囲んだ。
そこで勝利ははっきりと、大声で宣言したのだ。
「俺は! TRPG部に入るんだ!」
呆気にとられる部員たちを尻目に、勝利は囲みから抜け出し、講堂を飛び出す。そのまま校舎の方へ進めば、TRPG部の部室に行けたはずが、なんと校舎の出入り口には柔道着を着た猛者たち。勝利は校舎をあきらめ、中庭に飛び出すと、駐車場を突っ切ってグラウンドへ。
「あれが高野か!?」
「そうみたいっす!」
当然グラウンドには運動部の部員たち。向かってくる勝利を待ち構えていた。
勝利は舌打ちをすると、軽快なフットワークで彼らをかわし、グラウンドの北側にある室内プール場へと逃げる。追っていた運動部員たちは勝利の後ろ姿をみてひとまず安堵した。室内プール場は防犯のために、外から入ることができないからだ。両方から挟み込めば、あの哀れな男子生徒は、運動部の餌食だ。
勝利がプール場の裏側へ逃げていく。運動部員たちは挟み撃ちにすべく、二手に分かれ、裏側へと回り込んだ。
「は? あのガキ、どこ行った!?」
プール場の裏は狭い通路のみで、高い壁に囲まれている。もちろん出入り口もない。それなのに、勝利の姿はなかった。
挟み撃ちにして余裕だったはずが、一転、行方を見失って焦る彼らの声を聴きながら、勝利は一息ついた。このひどい仕打ちに腹も立てようが、それでも彼らに同情を禁じえなかったのも事実。
あの兄貴の命令だろうしなぁ。
高野勝利には兄がいる。七つ上の兄だ。兄は、この高校出身だ。つまりはそういうことだ。
「いたぞ!」
生徒たちがプール場の隣りに併設されている『部室棟』の屋根を指さす。そこには座り込んでいる勝利の姿が。
一休みしていた勝利は、一つ息を吐くと、さらに隣りの『新校舎』の屋根に飛び移った。
「嘘だろ? あいつ、サルか何かか?」
「高野先輩関係なく、部に入れた方がいいんじゃ?」
運動部たちの目の色が変わっていることも知らず、勝利は新校舎の屋上から、校舎の中へ入る。四階は三年生の教室があるフロア。三年生の生徒たちをかきわけかきわけ、相も変わらず運動部員たちが追ってくる。それにしても、しつこ過ぎる。
勝利は、屋上から降りてきた階段に戻り、さらに下へ向かう。目指すは二階の新一年生の教室。
「何してるの!?」
追手の生徒たちがいなくて安堵した勝利の耳に、女生徒の叫び声。何が起こっているのか、考える前に勝利の身体は動いていた―—
高野 勝利は『勝利』という名前のわりに、勝利の味を知らなかった。
高野勝利には兄がいる。七つ上の兄だ。そう、七つ年上の兄がいるということは、そういうことだ。
ありとあらゆる分野で、勝利は兄に敗北し続けてきた。そしてこれからも敗北し続ける。そういう運命なのだ。
兄に勝たなければ。
そう決意した高野勝利は、兄が卒業した高校へ、あえて進学することにした。
そして、
桜の木の下で、『戦友たち』と出会ったのだ。
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