第5話 岩王 凍子(いわおう とうこ)

 岩王 凍子は、海外で暮らすことが多かったので、様々な犯罪に手を染めてきた。

 身もふたもないが、そういうことだ。

 凍子の犯罪歴は、ちょっと並外れている。脱税、横領、偽造通貨、密輸、密売、脱獄、強盗、営利誘拐、 必要とあらば何でもやった。

 懲役年数は千五百年を超えているはずで、自身への懸賞金は数えてすらいない。

 生きる為にやったことだ。

 岩王 東子は美しい。

 透き通った肌に真っ白いロングヘア。輝く青い瞳。

 まるで氷の彫刻だ、などと褒めそやされようとも、その両手は血で真っ赤だった。

 血、といえば、スプラッターなこともずいぶんしてきたし、逆にスプラッターなこともされてきた。慣れない海外での生活で、ついルームメイトの死体を独特の方法で壁に貼り付けたこともある。

 あの時、戦ったエクソシスト、中々の手練れだった、うん。

 冷たい見た目と同様のことをした。彼女の中を数多の命が通り過ぎた。何人かは彼女の中に留まることもあったろう。

 だが、今更詮無いことだ。


「あ、あーゆーすぴーくじゃぱにーず?」


 教室でポツンと座っている凍子に、クラスメートの女子が恐る恐る声をかける。

 彼女以外は、みな遠巻きに凍子を観察しているだけだった。もちろん声をかけたかったのだが、その勇気がなかっただけだ。


「日本語でオールOK」


 凍子がそういうや否や、傍観を決め込んでいたクラスメートたちが一斉に集まってくる。もう押し合いへし合いだ。


「岩王さん、帰国子女なの?」

「彼氏とかいる?」

「すごい綺麗だよね、メイクしてるの?」


 あたしが話しかけたのに~~!!

 初めに声をかけた勇気ある女生徒は、そう叫びながら人の波にのまれ消えていった。

 まるで見世物だ。凍子は呆れて立ち上がる。

 人よりも頭一つ小さい可愛い彼女は、それでも気丈な態度で、教室を出ていこうと扉へ向かった。

 これから部室へ行かなければならないのだ。

 扉を開けると、そこにはお腹があった。それも三つ。屈強な腹筋を思わせる、厳つい腹。三つ。

 凍子が見上げると、彼女を見下ろす三人の男子生徒。


「岩王凍子だな?」


 倍近くはある身長。ホントに同じ高校生か?と思わせる、あらゆる意味で凍子と対称的な見た目。ひげ面にサングラス。

いや、これホントに同じ高校生?


「校舎裏まで来てくれ」


 あ、これヤバい。

 そう思った刹那、凍子が自分をとらえようと伸ばしてくる生徒の腕、正確には制服の袖口をつかむ。そして男の左足めがけてタックルをしかけた。


「な――」

「何してるの?!」


 聞き覚えのある女生徒の叫び声と、凍子に投げ技をくらって男子生徒の驚く声、そして――


「おりゃあああ!」


 新たな咆哮。

 一人の男子生徒が、今まさに凍子に投げられてバランスを崩した男の後頭部に飛び蹴りをかました。


「うがああああ!」


 飛び蹴りと投げを同時にくらった男は、残る二人の男もろとも吹っ飛ばされる。


「………ショーリ」

「大丈夫か、岩王」


 凍子に『ショーリ』と呼ばれた少年は、華麗に着地を決めると、ニヤリと笑う。

岩王凍子は、海外で暮らすことが多かったので、様々な犯罪に手を染めてきた。

 身もふたもないが、そういうことだ。

 生きる為にやったことだ。


 そして、

桜の木の下で、『面白いモノ』と出会ったのだ。

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