第4話 塩谷 玲於奈(しおや れおな)

 塩谷 玲於奈は神だった。

 創造者を神と呼ぶならば、塩谷 玲於奈は神であり、創造者だった。

 玲於奈は世界を創ったことがある。

 幼い頃より世界を創るのが好きで、そして創った世界を壊すのも好きだった。

 その世界には無限の自然があり、美しい法則が存在し、そして何億もの命があった。命は育み、そして数多の物語を生み出すのだ。

 玲於奈は、そう思えば思うほど、余計に破壊したくなった。きっと、その時笑っていたんだろう。

 取りつかれたように、創っては壊しを繰り返す小さな神様。

 そんな玲於奈に、優しく声をかける、優しいあの人の、優しい思い。


「玲於奈」

「………優にい?」

「玲於奈。僕を、玲於奈の創った世界に連れて行ってくれないか?」

「………え?」


 その瞬間、玲於奈の破壊衝動は収まった。自分の創った世界に『優にい』がいると思うだけで、手が震えた。

 『優にい』のいるこの世界を壊したくない。それは玲於奈にとって初めての感情だった。


「失礼します」

 職員室のドアを開けて中を見れば。

 何人かの教員達が談笑するなか、爽やかなスーツ姿の男性教諭が一人、机でキーボードを叩いている。

 玲於奈は、自分を見やる教師たちの好奇な視線を受け流し、こちらに気づいて手を振る教諭のもとへと向かった。


「部室のカギを取りに来ました、芹沢先生」

「ああ、わかってるよ」


 そう答えながら芹沢は机の引き出しから、重厚な見た目をした黒く光る鍵を取り出す。


「あとで僕も部室にいくよ」

「わかりました」


 重たい鍵を受け取ると、玲於奈はほかの教師陣に笑顔で会釈をし、職員室を後にした。


「芹沢先生」

 再びキーボードを叩き始めた芹沢に、声をかける男性教諭。


「あの子でしょう? おたくのクラスの例の――」

「え? ああそうですよ。塩谷 玲於奈。入学式で新入生代表を務めたからか、もうちょっとした有名人ですね」

「そうですか。それにしても、いや~あんな生徒がいるもんですねえ」


 それはどういう意味かと問いただそうとしたが、鼻の下を伸ばしたその男性教諭の顔を見て、芹沢は吹き出しそうになる。

 まあ、確かにあの美貌と立ち居振る舞いなら、そうとう騒がれるだろうな、と芹沢も思っているからだ。


「ま、とにかく一教師として、問題を起こさないでほしいと願ってますよ」

「それはどっちの意味で言ってます?」

  

「………ふふ」


 部室へ向かう玲於奈は廊下を歩きながら、手の中にある鍵を見つめる。

 自然と笑みがこぼれる。こんなだらしない顔をほかの生徒に見られたら、また騒がしいことになりそうだと、気を引き締めようとするが、やっぱり顔が緩んでしまう。

 ああ、楽しみだ。

 本当に楽しみで楽しみで仕方がない。

 こんなにワクワクするのは、そう、あの頃以来じゃないかな?

 世界を創って壊して作って壊してつくってこわしてつくってこわしてつくってこわして――


 そんな浮かれ気分の玲於奈が廊下で目にしたのは、三人の男子生徒。

 なにやら騒いでいるようだが、三人の男子は、一人の女の子を取り囲んでいるようだ。小さくてよく見えないが、たぶん女子生徒だ。 


「何してるの?!」


 玲於奈が駆け寄ったのは、その少女が見知った顔だったから。そして三人の男子生徒が彼女に襲い掛かったからだ。


 塩谷 玲於奈は世界を創ったことがある。

 幼い頃より世界を創るのが好きで、そして創った世界を壊すのも好きだった。

 そして、

桜の木の下で、『私たち』は出会ったのだ。

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