第23話 プチきれ演技

 擬似ダンジョンの様子は、想像していたのと違っていた。


「大きめのドームって感じですね」


「ああ、他に出口はないし、このフロアだけみたいだね」


 それでも未知の部分が多い。気をぬいた瞬間に、罠で全滅もありえる。

 その教えを忘れていない心愛さんは、一瞬たりとて周囲への警戒を怠っていない。俺との距離を保ちつつ、出来うる限りの情報を得ようとしている。


 索敵もできる聖女とは、なんともたくましく育ったものだ。あらかたの索敵が終わり、何もないと確かめ合った。


「でも、モンスターは何処ですかね?」


 そのタイミングを見計らって、山ちゃんの声が響いてきた。


《心配ご無用ーーー。その空間はモンスターが活動できるように調整してある。すぐにでも転移装置をつかい、他から呼び寄せる仕組みだ》


 山ちゃんの姿はなく、声だけが聞こえてくる。外のラボで操作に専念しているようだ。


《では小手調べでゴブリンを送るからな。張り切ってくれ》


 魔力が集中がおこり空間が歪む。その歪む座標にゴブリンが現れた。

 俺ら二人は初めての経験に驚いているが、ゴブリンは他のダンジョンと同じく、躊躇せずに襲ったきた。


「心愛さん、いつも通りだよ。落ち着いて」


 かけ声が聞こえているも前方に注視し、微かにうなずくだけ。だがそれでいい。敵は待ってはくれないからな。


「えいっ!」


 心愛さんはいとも簡単に討ち取る。特別なゴブリンではなく、他と同じ強さだ。


《あれま、失敬。釣り合わなかったね。じゃあ今度はオーガにしようか。これならやり甲斐があるでしょ》


「心愛さん、いける?」


「はい、ジョブのおかげで強くなったんですよ。今からお見せしますね」


 山ちゃんが次を用意している間に、心愛さんも迎え撃つ準備に入った。防御魔法を中心に、まずはダメージ軽減で防御をかためていく。


 オーガの体が具現化する頃には完成し、次に聖域サンクチュアリサークルを放ち相手の動きを止めた。

 オーガにしたら災難だが、手加減はしていられない。


「ぐおおおおおーーーーーっ!」


 ひるんだ所にライトアローをぶち込みトドメをさす。簡単で安全な方法だ。


《これもいくかよ、すげえな。じゃあ次はドラゴンを持ってくるから楽しんでくれよ》


「待て待て、やりすぎだ。心愛さんが死んじまうぞ」


《そ、そう? じゃあ待ってくれよ。何がいいか考えるからさ》


 実際に戦うことのない山ちゃんだから、その加減を分かっていない。それで俺も何度煮え湯を飲まされたことか。

 それを知らない心愛さんは、ジョーダンだと受け取り笑っている。


「お手柔らかにお願いしますね」


《ういー、任せてよ》


 当分はここでの生活になるからな、良い刺激にはなるだろう。



 ◇◇◇◇◇


 ギルドから心愛さんが抜け出して、10日ほど経った。


 ギルド内にそれをリークする者がいるようで、失踪を連日連夜にわたり報道されている。ギルドとしては規制をかけたかったろうが、バズーカー週刊誌などは容赦をしない。さんざん煽りまくっている。


 だが全てトンチンカンな憶測ばかりだ。亡命や死亡説を押し出して、ギルドの責任を追及しようと躍起やっきになっている。


 そろそろ、問題の決着をつける頃合いだ。心愛さんとは後で落ち合う約束をし、俺は単身でギルドに乗り込んだ。


 物々しい警戒体制を横目に、鼻歌交じりで通り抜ける。姿を消しただけなのに、誰も俺に気づかない。


 これだけ見ても今回の交渉は楽だ。いくらマンパワーがあるとしても、俺とのレベルの開きは大きい。


 ノックをせずに執務室に入ると、ギルマスは丸山さんと二人で項垂うなだれていた。互いに言葉をかわす気力もなさそうだ。


「おいおい、ちゃんとご飯を食べているのかよ?」


「……ああああああ! 愛染さま、よくも聖女さまをかどわかしましたねーーー!」


「なんだ、思ったより元気じゃねえか」


「元気なんかじゃありませんよ。この10日間、地獄のような毎日だったんですよ。事の重大さを分かっているのですか!」


 去る間際にメモを残しておいた。

 俺の名前で、理由と探しても見つからないので反省するよう促してある。


「いつも貴方は人を待たせて。今回は忘れていたじゃ済みませんよ」


「おいおい、反省していないな。考えてもみろよ、心愛さんは年頃の女の子だぜ。自由もない生活に耐えられるはずないだろ。それが保護というなら、絶対に必要ないものだね」


「我慢が出来る出来ないの問題じゃないんです。あの方は保護がいる身、受け入れなければ危険なのですぞ」


「丸山さんも同じ意見なのか?」


「ええ、世の中には秩序がいります。それを今はギルドが担うべきなのです」


 悪意はない信念なだけに、折れる気配がない口ぶりだ。仕方ない、あまり使いたくはなかったけど、SSSの力をみせるか。


「ギルマス、俺って世界唯一の最高ランク冒険者だよな?」


「そうですよ。与える影響力は大きいんですから、変な行動はしないでください」


「うん、よかった。ちゃんと分かってくれているんだな。じゃあ、そのSSSランクとして命令する。川口心愛から手をひけ!」


「はあ、いったい全体急になにを言うのですか?」


「本人が望まないんだから、これ以上は手をだすな。それは俺も望むことだ」


 二人が驚くのは無理もない。今まで従順に従っていた俺が、急に上から言ってきたのだ。戸惑い首を傾げている。そしておずおずとギルマスが話し出す。


「愛染さま、貴方は素晴らしい存在です。でも言いにくいのですが、貴方はギルドに意見できる権限を持ってはいないのです。ギルドランクとはギルド内での只の格付けであって、決して王様みたいに何でもできる保証ではありません。だから本来ならこうしてお話をする必要もないのですよ」


 実に申し訳なさそうだ。でもその結んだ口は、強い信念をおびている。


「ああ、何の権限もないのは知っているよ。ただ、わがままを押し通すだけの力を俺は持っているぜ。あなた達こそ、何も分かってないんだな」


「えっ?」


「簡単なことさ。ゲンコツで黙らせるだけだ。かかってくる奴は根こそぎ刈ってやるぜ」


「またまたー、ご冗談を。……ですよね?」


「出来ないとでも思っているの? それともしないとでも? あまいよ、俺はS級ダンジョンを全滅させたんだぜ。全国の冒険者が集まったとしても、遅れをとることはないよ。それに心愛さんは大事な弟子だ。全員をぶっ殺すとしてもそれは十分な理由になる。もちろん、あなたたち二人も含めてだ。この意味分かるよな?」


「あ、あ、あ、あ、あ」


 俺の発した殺気にあたり、硬直して言葉を失っている。丸山さんに関しては気絶までしているか。


 ギルマスはなんとか意識を保っているものの、大きく震えだし大量の汗をかきはじめた。


「これは提案じゃない、命令だ。さあ、ギルドとしての答えを聞かせてもらおうか?」


 ズイッと出ると、うつむき目をそらしてくる。そして、震えながらソファーからおりて膝を折ってきた。


 そして長い沈黙がつづく。口を開こうとしているのだが、それが困難な様子である。


「か、かしこまりました、愛染さま」


「ギルマス、その言葉を俺は信じていいんだよな?」


「も、もちろんです」


 短い返答だ。これが精一杯といった所だろう。

 それで手打ちにし、心愛さんに電話をかける。


 事情を説明し、ギルマスにかわり話をさせる。すごい勢いで謝罪が続けている。まあ、これで一安心だ。


 予想していた時間通りに終わったし、心愛さんと待ち合わせをしたダンジョンへ急ぐか。


「でも疲れたなあ」


 慣れない演技は終わりにして、気持ちを切り替えよう。

 この後は久しぶりに本物のダンジョンアタックだ。心愛さんには、おもいっきり羽を伸ばしてもらおうかな。

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