第24話 誘拐事件

 ギルドからのめつけが無くなったとはいえ、心愛さんは有名になりすぎた。人々からの感心はまだまだ高く、町を歩けば囲まれるだろう。


 なので修行するダンジョンを見つけるのにも苦労した。

 現地をたずね、ひと気がなく心愛さんに合った場所を探していく。


 そんな条件にあうのを見つけたのだけど、あいにく場所は街中だ。その道中がよろしくない。


 だから山ちゃんにお願いをして、転移装置で心愛さんを送ってもらう事にしてある。あとは現地で合流すればいいだけだ。


「あらま、まだ来ていないのか」


 ダンジョンの中にも外にも心愛さんの姿はない。ラボから出てくるタイミングを見計らっているのだろうか。

 待つのも楽しみの一つ。

 そう考え、ふうと息を吐き道端に目をやると、青い布が落ちていた。


「これって心愛さんの頭巾だ……まさか!」


 血の気が引くけど、思考を止めてはいけない。心愛さんの身に何かが起こっている。

 大事にしてくれていた装備を忘れ、何処かへ行ってしまう人じゃない。それに頭巾には乾いていない血が付いていた。


「間違いであってくれ。分身術・ひゃく、佰」


 影分身を作り出し捜索隊を出発させる。まずはダンジョン内だ。層が浅い構造だから、二百体もいれば十分だ。


 おれ自身は影からの報告で対応できるよう、無闇には動かない。


 そして間を置かずに次は外だ、探す範囲は広い。


「分身術・佰、佰、佰、佰、佰、佰、佰、佰、佰、佰!」


 まずは千体の影を放射線状に送り出す。

 街中は厄介だ。隠れる場所が無数にあり、建物一つ一つ、部屋の一つ一つを当たらなくてはならない。


 何が起こっているのか分からないからこそ、少しの見落としも許されない。

 距離が延びていけば、その千体でも足らなくなる。


「くそっ、ダンジョン隊は空振りか。魔力の無駄使いになったな」


 中の二百体を消して、新たに千体を追加する。先行させた隊よりも先の範囲を割り当て、連携するよう指示を出しておく。


「ギルドや自宅にはいないか。あとは何処だ、考えなくっちゃ!」


 次々と情報が舞い込んでくる。だが、どれもかんばしくなく次の指令をあたえる。


 何回か影分身の追加をした時だった。

 最先行している一隊から発見の連絡がきた。


 すかさず走りだし、その個体と同調をし、詳しい情報の把握につとめる。


 見つけたが、その影からも遠い場所であった。


 視界にはビルの階段を登っていく心愛さんと、それを追いかけている二人の男。そのどちらとも知っている人物だ。


 一人は勇者の三郎、そしてもう一人は合衆国ギルドから俺をスカウトしにきたハーパー司教だ。その二人には以前に会った時の温かさはなく、遠目でも分かるほど狂気に満ちている。


 いつもなら間に合うほどの距離だが、術を使い続けたのでMPは底をついている。余分な影分身を全て消し、5体の影に救出を命じる。

 ビルに入りれがないよう四散させ、本命のルートには俺があたる。


 身体能力をマックスにあげると、ガラスが割れる音、魔力の乱れなど様々な情報が入ってくる。


 心愛さんの息づかいからすると、随分とひっ迫しているのが伝わってくる。


「いた!」


 屋上にまで登り、心愛さんを見つけたが最悪な展開だ。

 すでに追いつかれていて、二人の手の内にあった。


「心愛さん、助けにきました!」


「コ、コテツさん? はっ、来ちゃダメ。あなたをハメるため私をさらおうといているの、キャッ!」


「ダメだよ~心愛ちゃ~ん。他の男に色目を使っちゃー。君は俺だけの物なんだからさっ!」


 三郎からの容赦のないビンタが、乾いた音を響かせる。心愛さんは苦悶くもんの表情を浮かべるが、鋭く見返している。

 それに三郎はたじろいだ。


「いくらでも叩きなさいよ。でも、そんな事ではコテツさんの心は折れません。だって尊敬する私の師匠よ。何が大事なのか見誤らないわ!」


「な、生意気なーーーー!」


 また叩かれても、真っ直ぐな目で俺を信じてくる。俺はそうだとうなずき返す。


「弟子が立派に育ったよ、まったく。こりゃ、師匠として格好をつけなきゃいけないよな」


「ええい、ごちゃごちゃうるさい。いいか、忍者。一歩でも動いてみろ。心愛ちゃんをズタズタにするぞ。こっちにはヒーラーの司教がいるんだ。死なない限り、何度でも苦痛を与えられんだ。分かったなら、その場にひざまずけ」


 状況はあちらに有利である。

 心愛さんを人質にとり、もう一人は俺の動きを警戒している。


 傷は癒えるが痛みは本物だ。それに恐怖は消えるものではない。

 いたぶられ抵抗してもむ事がないなら、それを乗り越えるのは難しい。


 そんな非道をこの二人は、躊躇ちゅうちょなく実行するだろう。


 だからこそ、助けるなら今だ。


 ダッシュで距離をつめ、三郎を弾き飛ばす。そして心愛さんを担ぎ上げ、司教から遠ざかる。

 三郎は壁に激突し沈黙した。悲鳴すら上げないとは修行が足りていない証拠だよ。


 残るは一人、合衆国ギルドSランクにして、スカウトに来るほどの実力者、ハーパー司教だけだ。

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