第22話 聖女の出奔

 聖女の出現により、世界中が沸いた。

 勇者や賢者よりレア度が高く、心愛さんが三例目でアジア初なので、誰も彼も熱狂している。


 マスコミの加熱ぶりだって俺の時以上だ。

 ひと目見ようとギルドは黒山の人だかり。誤情報が流れたりして、何度もパニックがおきていた。


 みんなが騒ぐのもよく分かる。病気は別として、大きな怪我や四肢再生など、医療では不可能な奇跡をおこせるのだ。

 その上、心愛さんはスタイルもよく天使の如くの可愛さだ。あっという間に人気者へとなった。


 ギルドとしても、稀有けうな聖女への対応だと張り切っている。ただマニュアルなどは無く、他の2ヶ国の例に習った対応をした。


 接触してくる対象者は全て危険視をし、彼女の安全を第一とした。それと同時に『聖女』であることを自然な形で強要したのだ。


 でもそれは、昨日までごく平凡な生活を送っていた女の子にとって、途轍とてつもない負担になっていった。


 追い詰めれた心愛さんから連絡がきたのは真夜中のこと。泣きじゃくり要領をえない。慌てた俺は、心愛さんが出られないでいるギルド本部へと急いだ。


「心愛さん、大丈夫?」


「コ、コテツさん助けて下さい」


 しばらく俺の胸の中でうずくまっていた。頭を撫でていると落ち着いたのか、堰をきったかのように話し出した。


「こんな窮屈だとは思いませんでした。24時間監視されて、全くの自由がないんです。冒険者になりたくて頑張ったのにあんまりですよ。聖女になんて、ならなければ良かったわ」


 ギルドの制限は極端のようだ。

 外出はもちろん、ギルド本部内の行動も監視をされている。唯一親族である母親との面会もままならない。そんなストレスしかない日々を強いられているのだ。


「ごめん、俺が賛成したばっかりに、辛い思いをさせたね」


「いえ、コテツさんのせいじゃないです。ただ礼儀作法やダンスまで習わされるし、どんどんと強要される事が増えていくのが耐えられないんです」


 ギルドの戦略として、聖女という価値を高めたいのだろう。可愛くて癒しの魔法を扱い、所作も完ぺきであれば、聖女として申し分ない。

 特別な存在として今後世界に君臨していけるだろう。


 ただし、それは本人が望めばだ。そのをギルマスは理解ができていないのだ。


「期待されるのにも疲れました。限界でもうどうしたら良いのか分からないんです」


「うーん、だったら、逃げればいいじゃんか」


「えっ、逃げるって。そんな無責任な」


 自分が泣いていた理由をわすれ、首をふってくる。それを優しく諭す。


「責任って心愛さんにあるの? たまたまジョブが発現しただけで、望んだ訳でもないでしょ? だったら好きに生きていいよ。他のみんなもそうしているよ」


「好きに?」


「そう、冒険者は自由さなんだからさ。なーに、見つからない隠れ家だってあるしさ、全然心配しなくていいよ」


 躊躇ためらっていた心愛さんだけど、手を差し出すと大きくうなずいてきた。そして、俺らは人知れずギルドから抜け出した。




 心愛さんや俺の家では、すぐに追っ手がくるだろう。そこで友達である山ちゃんのラボでかくまってもらうことにした。


「すみません、山里さん。急に押しかけて」


「いいの、いいの。コテツの大事な人だもん、気兼ねしないでよ。それとさ、俺のことは山ちゃんって呼んでよ。そう呼ぶのコテツだけでさ、寂しかったんだよねえ」


「は、はい。山ちゃん、よろしくお願いします」


「なんの、なんのーー」


 人嫌いの山ちゃんが作ったラボだから、絶対に他人には見つからない。

 ラボには魔法防御結界や隠匿装置はもちろんのこと、自動転移装置もつけてある。そんじょそこらの索敵には、見つからない仕様になっているのだ。


 もし仮に嗅ぎ付けられたとしても、幾重にも張られた罠がある。軍隊ごときでは突破するのは無理だ。長期間であっても、心愛さんが隠れるにはちょうど良い場所である。


「それにしてもコテツ、主役の座を奪われたな。プププッ」


「なんだって?」


「だってこの前までは、世界中がSSSランクに酔いしれていたのに、今じゃあ聖女一色だもんな。落ちぶれるのが早くて、草はえるわ」


「言ってろ。一度も脚光を浴びたこともないくせに。お前の方こそ可哀想だよ」


「あー、言いやがったな。せっかくいい物を作ったのに、絶対コテツには使わせねえ」


 山ちゃんは本当に愛くるしくて、変態的な錬金術師だ。面白いという理由だけで、錬金術の常識をねじ曲げ何でかんでも作り出す。

 それと山ちゃんの『いい物』とは、本当にすごい物か、ばかばかしい物のどちらかの両極端だ。


 それを知らない心愛さんにしたら、興味をそそられる事らしい。俺にいいのかと目配せをしてくるよ。


「あー、分かった。ごめん、言いすぎた。だからさ、心愛さんにもお前の凄さを教えてあげたいし、何をつくったか聞かせてくれよ」


 長年つき合ってきた山ちゃんだ。こんな下手なお世辞には騙されない。でも逆に俺の心を見透かしてきて、しょうがないなと折れてくれる。


「こっちだ、ついて来てくれ」


 それは背丈の倍はある大きさで、布をかけてあった。たぶん会心の出来なのだろう。俺を驚かせる気が満々だ。


 山ちゃんは自慢したい一心で、早々に布を引きはがした。


「今回作ったのは、なんと『擬似ダンジョン』。一家に一台は欲しい大発明だーー!」


 出たきたのは、物々しい金色と黒の大きな扉だ。仕組みは分からないけど、すごい魔力を発している。中を覗くと亜空間へとつながっていて、本物のダンジョンと言っても過言ではない。


 凄いのひと言につきる。


 ただし、ダンジョンなんてわざわざ作らなくても、勝手に出現するものだ。でも山ちゃん曰く、それを敢えて作るのが凄いのだと力説しているよ。


「でもさ、これ一方通行ってオチはないよな? 嫌だぜ、永遠に亜空間をさまようってのは」


「はっはー、コテツが難癖つけるのはお見通し。ちゃんと外に出れるのは実験済みだ。それに出現させるモンスターを選べるシステムにしてあるぞ。どうだ、この心配り。恐れ入ったか?」


「おおお、いいじゃん。心愛さんにはぴったりだよ」


「えっ、わたし?」


「ああ、聖女になってからの実戦はまだだろ? どうせ外出は出来ないんだから、これで修行をしちゃおうよ」


「なるほどー。山ちゃん、ありがとう」


「いやいやー、友達へ親切にするのは当たり前でござるよ。気にしない、気にしない」


 荷解きもまだだけど、早速ダンジョンアタックの準備をする。

 心愛さんもノリノリでとても嬉しそうにしているよ。やはり彼女は根っからの冒険者だ。部屋に閉じこもり、傷を癒すだけの生活は出来ないな。それが分かっただけでもこの発明は成功だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る