左腕が死んだ日
藤泉都理
左腕が死んだ日
私の左腕は、二度死んだ。
一度目は、交通事故で失った日。
二度目は、義手を作って、メンテナンスしてくれていた人が、亡くなった、日である。
どうしてだろう。
絶望は遥かに大きかった。
一度目よりも、二度目の方が。
一度目は、確かに、左腕が戻って来たと思った。生き返ったと、武者震いさえした。
けれど、二度目は、あの人が亡くなってから、もうダメだと思った。
もう、生き返らない。
私の左腕はもう、死んだままだ。
どれだけ優秀な人が来たって、どうしようもない。
例えば、あの人の信念と技術を受け継いだ、弟子でもあり、子どもでも。
所作や動作、目が似ているなあと思っても。
似ているだけだ。
同じではない。
あの人ではない。
当たり前だ。
左腕は、動く。
問題はない。
スムーズに、途切れなく、時に痛みや疲れも訴える。この左腕は生きている。
けれど。私の左腕ではない。
その事実に、自然と涙が流れ落ちる事もある。
こればっかりはどうしようもない、と、受け止めてもいる。
受け止める事が、ようやく、できるようにもなった。
どうしようもない。
ただ、絶望に打ちひしがれたままでいるのも、もう、止めた。
私の左腕は死んだ。
私は、私の身体で生きているこの左腕と一緒に生を全うしよう。
この、左腕たちと。
「先生。これからもお願いします」
「はい。お願いします」
くしゃくしゃで、笑おうとして失敗した顔を先生に向けると、先生は柔和な笑顔を返してくれた。
安心する笑顔、なのに。
これではないと、左腕を除いて、全身に訴えを起こす拒絶反応を、うんうんと受け止める。
そうだね。
とっつきにくい真顔が、とてつもなく、恋しいね。
(2024.1.8)
左腕が死んだ日 藤泉都理 @fujitori
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