第2話 聞く必要はない
――突然の訪問。
ルイネの言葉の真意を掴みかねて、思わず押し黙ってしまう。
彼女の頬が紅潮していたり、呼吸が荒い理由が今になって理解できてしまう。
まさに、ルイネは私にそういう『行為』を求めているのだ。
「ちょ、ちょっと待って! ど、どうしたの……?」
「……っ」
私が問いかけると、ルイネは我に返った様子で周囲を確認すると、
「……一先ず、奥で話を聞いてもらってもいい、ですか?」
そう、恥ずかしそうに口にした。
私は頷いて、ルイネを奥にある客室へと案内する。
さすがに来客があると困るので、表の看板は裏返して『不在』としておいた。
改めて――一年ぶりに再会した幼馴染と対面する。
雰囲気が大きく変わった、ということはないが、騎士になってからの彼女は誰にでも敬語で話すようになっていた。
この点に関しては少し距離を感じるところもあるが、王国に六人しかいない聖騎士に若くしてなったのだから、プレッシャーもあるのだろう。
「……それで、久しぶりに顔を合わせたと思ったら、どういう了見で?」
すぐに真意を尋ねることにした。
私だって、久々に会ったのなら積もる話の一つや二つはあるのだけれど、急にやってきて「えっちしてほしい」などと言われたらとても状況が理解できない。
一体どうして、そういうことになるのだろうか。
「説明は必要ですよね」
「それはそうだよ」
「えっと、勢いで済まそうとしたのはまず、謝ります。申し訳ありません」
「……意外と冷静だね。なんか発情でもしたのかと」
「は、発情……? それは――まあ、近い状況にはあるかもしれませんが」
近い状況にはあるのか、と思わず顔をしかめてしまう。
増々、彼女の置かれている事態が掴めない。
「何から説明しましょうか……。そうだ、後天性遺伝については知っていますか?」
「ん、稀にあるって聞くけど……先祖からの特性が後から発現するってやつだよね」
魔法学園に通っていた頃、授業で習ったことがある。
後天性遺伝――たとえば人間と魔族から生まれた子供はハーフとなって、その性質を大きく受け継ぎやすいが、ハーフと人間、そのまた子供は人間同士などと徐々に血が薄くなることで、魔族の性質が薄れていく。
けれど、稀にその祖先の魔族の血が大きく覚醒することがあって、何をキッカケにするかは人それぞれだが、先天的ではない遺伝のことを総じて呼ぶのだ。
「はい。その後天性遺伝が、どうやら私にも起こったようで」
「! そうなんだ――って、それとさっきの言葉の繋がりが全く掴めないんだけど……?」
私の問いかけに、ルイネは視線を泳がせる。
この話をしたのだから、ルイネも何かしらを引き継いでいるのだろう――それは、人間と魔族に限った話ではなく。
たとえば人間であれば魔力量が常人より異常に多いだとか、私なんかはそういう遺伝を持っている。
正直、これはお得感のある遺伝だ。
「……淫魔なんです」
「ん?」
「私の後天性遺伝、淫魔なんです!」
最初は聞こえなかったというより、何を言っているんだ、という感じで聞き返してしまったが、今度は大きな声ではっきりと聞こえた。
淫魔――魔族としては一般的に知られる存在だが、
「え、淫魔って……あの淫魔?」
「……はい」
――これは、とんでもないものが遺伝しているのではないだろうか。
「えっと、つまり淫魔の影響が出て、私とえっちしたい……そういうこと?」
「あ、その、ちょっと違うというか、そもそも淫魔の遺伝が出たから人とえっちがしたくなるわけではないんですっ。ただ、魔力を使いすぎると、抑えが効かなくなって、物事に集中できなくなったり、魔法が上手く使えなかったり、とか」
十分に影響が出ているだろう、というよりデメリットしか感じられない内容だ。
淫魔――他人から魔力を吸い上げることができるのだが、おそらくルイネもそういう能力を得られた、ということだろうか。
今の話を聞く限りでは、魔力を一定量消費してしまうと、そもそも魔法が使えなくなってしまうようで、それは騎士である彼女にとってはかなり致命的だと言える。
「……その、淫魔なので、キスとか行為によって魔力を回復することができまして……魔力を得られさえすれば、元通りになるのが今の私、です」
「整理すると、淫魔の後天性遺伝が発生して、今も魔力が減っている状態にある……だから、その、行為を私として回復したい、みたいな?」
「……」
私の問いかけに、ルイネは静かに頷くだけだった。
一年ぶりの再会で、何とも不憫な状況に陥ってしまった彼女であるが――一つ、疑問はある。
「魔力の回復って、要するにキスでもできるんだよね? 行為はともかくとして」
「一番回復量が多いのは、行為によるものですが、そうですね。キスでも可能です。いわゆる、淫魔の
「……どうして私のところに? 他に頼れる人はいなかったの?」
一年――決して短い期間ではないと思っている。
だからこそ、いきなりやってきてそんな願いを口にするのなら、きちんとした理を聞いておきたい。
ルイネは少しだけ悲しそうな表情をして、けれど――意を決したように口を開いた。
「……あなた以外と、キスとかえっちなこと、したくないので」
――これ以上、聞く必要はない理由だった。
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