「あなた以外とえっちしたくない」と聖騎士になった幼馴染が押しかけてきた

笹塔五郎

第1話 『誘い』

 まだ日も沈まない時間、カーテンの隙間からわずかに光が入ってくるだけの薄暗い部屋の中で、二人の少女が口づけを交わしていた。


「んっ」


 時折、吐息のような声が盛れて、互いの服は随分と乱れている。

 けれど、そんなことは気にすることもなく、キスをすることに夢中になっていた。

 やがて、押し倒すような形で指も絡ませながら、一人の少女が覆い被さるようになって、行為はエスカレートしていく。

 ――二人は幼馴染で、つい先日までは疎遠であった。

 それなのに、今は確かめ合うように唇を重ねているのには――深い事情がある。


   ***


 私――テリア・アルケーははっきり言ってしまえば平凡な人間だ。

 魔法学園を卒業して一年、魔導師となった私は王都の外れにある小さなお店で魔法薬を売って生活している。

 魔導師になったら、たとえば王宮魔導師団に入ったり、個人の依頼で魔物の討伐などを中心に活動する人もいるけれど、私はどちらもしないで危険のない生活を送っている。

 いや、どちらもしないというは少し語弊があるだろう。

 とにかく、魔法薬の存在も自分では取らずに市場で売っている物を中心としているし、薬草類も王都から少し離れたところにある草原から採取してくる程度だ。

 これでも魔導師という立場は十分に安定した生活ができるし、特に不満はない。

 ただ、王都にいると時々思い出すのは――幼馴染のルイネ・フェルドンのことだ。

 辺境の小さな村の孤児院で一緒に育った彼女とは常に一緒で、王都に来てからもよく顔を合わせていた。

 私は魔導師を目指していて、ルイネは騎士を目指していた。

 お互いに少し違う目標だけれど、魔導師と騎士になる夢が叶ったら、一緒にバディを組もう――そんな夢をよく話していたものだ。

 実際のところ、私は彼女に誘われた。

 ルイネは騎士の中でも特に優秀で選ばれた者にしかなれない聖騎士となって、その相方として私を指名してきた。

 私は――それを受けることはしなかった。

 単純な話、聖騎士になれるほどの実力のあった彼女と、王宮魔導師団に入れなかった私では、さすがに能力に差がありすぎると感じた。

 ルイネは気にしない、と言っていたけれど、私の方がそのプレッシャーには耐えられない。

 だって、王国内で聖騎士と呼ばれる人は六人しかいない――そんな選ばれた人間の相方として、ただ幼馴染だから、という理由で選ばれるのあまりに都合がよすぎるからだ。

 魔導師の中には、いつか聖騎士の傍で働いてみたいと考えている人間は少なくはない。

 魔導師の花形とも言える仕事だろう。

 何度かルイネからの誘いはあったけれど、私は全て断ってしまい――それから、彼女とはもう一年近く顔を合わせていない。

 王都に限らず、聖騎士になれば各地を転々として色々な仕事に従事しているだろう。

 便りがないのは元気な証拠――その言葉通りだろう、と自分に言い聞かせて。


「……今日は暇だなぁ」


 忙しいことなんてほとんどないけれど、私は綺麗な青空を見上げてぽつりと呟く。

 何もない時間があると、こうして彼女のことを思い出してしまうのは――未練がましいというものか。

 そんなことを考えていると、カランカランと来客を教えてくれるベルが鳴る。


「いらっしゃ――い?」


 私はその来客を見て、思わず目を丸くした。

 ローブに身を包んでフードで顔を隠しているが、私には一目で誰なのか分かってしまう。


「ルイネ?」


 彼女の名を呼ぶと、フードを外してその顔を見せてくれた。

 長い金髪に、藍色の瞳。

 整った顔立ちをしていて、同年代だというのに、私よりずっと大人っぽい。

 栗色の髪に子供っぽい顔立ちで、同世代に比べたら子供っぽいと言われる私とは対照的だ。

 けれど、何故か久々に会った彼女の頬が少し紅潮して調子が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。

 たまたま近くに立ち寄って、調子が悪いから私のところに来た――そんな思考をすぐに巡らせて、特別な言葉は口にしない。


「いきなり、どうしたの? 魔法薬なら一通りは揃えてあるけれど」

「……」


 ルイネは何も言わず、私の方まで早足で向かってくると、そのまま押し倒さんというばかりの勢いで、眼前に迫ってきた。

 ドンッ、と壁に手を突いて、荒くなった呼吸は耳元ではっきりと聞こえる。


「……テリア、私とえっち、してくれませんか……?」

「…………へ?」


 それは一年ぶりの再会で、幼馴染から聞くことになるとはおおよそ思いもしなかった『誘い』であった。

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