第二話


「……えと、あなたは?」


 僕がじっと見つめていたことに気づいたのか、青髪の魔法少女が話しかけてきた(――もちろん授業後、廊下に呼び出されて、だ……しかも人気がまったくない校舎の隅の階段、踊り場である)。

 名前を名乗るべきだろうか……。いや、ここで正直に名乗るのは得策じゃない。

「あの」名前を知られていることがばれれば、今後、面倒になるだけだ。


「僕の名前は……」


 言いながら考える。

 僕の名前がどういった意味で使われているのかを。


 僕の名前は「神凪かみなぎ司狼しろう」という。しかし、それが本名なのかと言われるとそうではない。当然ながら偽名だ。

 では何故、偽名を使っているのかといえば……ただの酔狂ではない。

 理由がある。


 では、この名前は何処からきたのか。

 僕が自分でつけたのか? いや違う。これは神凪家に伝わるもので、過去に何人もの魔法使いが引き継いできたものだ。僕はそれを継いだだけにすぎない。


 神凪家とは古から続く魔道の家系だ。

 魔女狩りが行われ、魔女や魔法といったものが異端として扱われた頃から存在していて、迫害されてきた魔法使いを保護してきたという歴史があるそうだ。

 今でもそんな風潮は根強く残っていて、魔女狩りが今も行われている地域では、魔法使いの迫害が続いているという。


 この神凪家もそんな迫害の対象になったことがあるようだ。

 魔法使いというだけで殺されそうになったことが何度もあったらしい。だが、そんな歴史もあり、今では魔法使いを擁護する組織が結成されていて、そのおかげで神凪家は今もなお残っているのだという。


 その組織のトップが僕の父である神凪 玄周げんしゅうだ。父は表向きには企業を取りまとめる敏腕社長として知られているし、本人もそれを演じているから多くの人に慕われていると思う。しかし、父は表舞台には決して出ず、裏から組織を動かしている。

 僕も詳しいことを教えてもらっていないから知らないけど、父の会社は魔法使いのための会社らしく、そこで働く人はみんな魔法使いらしい。


 僕はそんな父のことが嫌いではない。むしろ尊敬しているくらいだ。

 神凪玄周という人間がここまで評価されるには理由があるのだ。


 神凪の人間は……いや魔法使いは魔道を極めんとする者が多くいる。

 それは僕の父も同じだし、僕の母も同じだ。


「神凪家の者としての誇りを忘れるな」


 これが父の口癖だ。

 僕の家は代々魔法使いの家系であり、魔法使いとしての力を受け継いでいる。そして魔道を極めることを目的としているのだ。これは表舞台に出てこない父も同じ考えだろう。


 僕はというと、そこまで魔道を極めたいと思っているわけではないし、母のようになる気もないからあまり興味がないのが本音だ。

 この考え方の違いは僕と父との間のちょっとした溝と言ってもいいかもしれないね。だが……僕がこれを継いでしまったから、また面倒なことになったのだが……



「名前ね……私は三井みついののか」

「私は片山かたやま千鶴ちづる。ののかとは幼馴染みなの」


「私の名前は丈千葉たけちば艶美えんびよ。よろしくね、神凪くん」と、三人の少女から自己紹介を受けたけど……クラスメイトなんだけどね……。

 とりあえず神凪司狼です! 次こそは覚えてね!


「……えっと、よろしく。僕はまだ魔法は使えないんだけどね――」


 僕が魔法の世界に片足どころか両足をどっぷりと浸かっていることは知られていた。

 三人の情報網はどうなっているのやら……。

 SNSに書いた覚えはないぞ?


 とにもかくにも、言えないことは聞かれなかったし……ふう、なんとか乗り切ったぞ……これ以上、根掘り葉掘り聞かれる前に退散しよう、そうしよう! じゃあまた今度――


「あ、ちょっと待って! 神凪くん」


 ……だと思ったのに呼び止められた。うわー……。


「な、なに? 僕になにか用?」

「これを見て欲しいの」


 そう言って見せてきたのは、一冊の本だった。これは確か……図書室で見たものだね。

 えーと、タイトルは……『誰でも使える魔法書』? 胡散臭いけど……なにこれ?


「私達、魔法が上手く使えなくて悩んでるんだけど、神凪くんはどうやって魔法を使えるようになったか、できる範囲でいいの、教えてもらえないかな?」


 あー……そういうことかー……!

 そういうことなら、いくらでも教えてあげられる。

(使えなくとも)教えられる魔法は危険がないものばかりだからね。


「ああ、もちろん構わないよ。そもそも魔法っていうのは……」


 僕は三井たちに、僕の経験談を語って聞かせた。

 他の魔法使いのやり方がどういったものなのかは知らないけど、僕の知っているものは(教えられるものは)全て話した。彼女たちは僕が語り終えるまでじっと聞き入っていた。


「すごいね……神凪くんのお話!」

「うんうん、私も驚いたわ」

「うん! 面白かった!」


 おおっ! 三人の少女たちが揃って目をキラキラさせているではないか!


 こんな僕でも人の役に立てたってことなのかな? それなら嬉しいんだけど。


「でも……ごめんね。僕は君たちに『魔法が使えるようになる方法』を教えることはできないんだ」


 そう、魔法は一子相伝の技術なのだ。

 僕の父は例外で、人にも教えることができるみたいだけどね。……口が軽いだけなのでは?

 権力者だけは縛られないいつものパターンな気がする。


「そう……なんだ」


 あからさまに残念そうにする三井たちだけど、仕方ないんだ。僕ができるのは助言だけだからね。魔法とは魔道の極みであり、それを極めることは生半可なことではない。

 自分で咀嚼するしかない。

 外部からは、そのためのヒントを与えることしかできないのだ。


「でも……私、もっと神凪くんの話が聞きたいな」

「私もそうしてもらえるとありがたいわ」

「お願いできないかな?」


 三人の少女たちが懇願してくる。そんな風に頼まれたら断れるわけがないじゃないか!

 女の子の頼みを断るとか、言語道断! さらに美少女ならなおさらね!


「構わないよ、僕でよければいくらでも教えてあげようじゃないか!」


 ということで、僕はまた放課後に、彼女たちと会う約束をしたのだった。

 クラスメイトたちに関係性を怪しまれないようにするためにも、今後はあまり会わないようにした方がいいかもしれないと、この時の僕は全く考えていなかったのだった。



 それからというもの、三井たちは事あるごとに僕の元を訪れるようになった。

 放課後はもちろんのこと、休み時間や授業中など、隙あらば話しかけてきた。最初は戸惑ったけど、次第に僕も慣れてきて、普通に受け答えができるようになった頃……、事件が起きた。


 それは体育の授業中のことだった。

 生徒は運動着に着替えてグラウンドに出て準備体操をする。


「ねえ、司狼くん」


 ん? 三井の声?

 あの三人の中では押しが弱い方だから、珍しいな……彼女の方から声をかけてくるなんて。


「なに?」


「ちょっと手伝ってくれないかな? 私一人じゃどうにもならなくて……」


 そう言ってきたのは(当然ながら)体操服を着た三井だった。どうしたのかと疑問に思い、彼女を見ると……下着が透けて見えていた! 僕の視線は彼女の胸元に固定された。

 うわわわっ! ……じゃなくてっ! 僕は慌てて目を逸らす。そんな僕を不審に思ったのか、三井が顔を覗き込んできたので、もう一度、透けたそれを覗き見ることはできなかったけど、三人の中で一番成長している胸はばっちりと見ちゃったよ! うう……柔らかそうだったなぁ。


「? どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」


 僕は慌てて誤魔化すと、三井に訊ねた。


「それで、僕は何をしたらいいの?」


 そう訊ねると、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。


「実は……ブラのホックを留めて欲しいんだ……」


 ああなるほどね! だから一人ではどうにもならなかったのか……って、ちょっと待って! この子、今なんて言った!? ホックって言ったよね!? ということはブラジャーをつけたまま運動をしていたってことなのかい!?(パニック中)いやそれはいくらなんでもまずいだろっ! これはさすがに注意しないと……(パニック中!!)


「み、三井さん! そういうのはダメだよ!」


 僕が注意すると、三井はきょとんとした表情で聞き返してきた。


「どうしてダメなの?」


 いやいやいやいや! ダメだからダメなんだよ!(ずっとパニック中)いくら僕たちが友達同士だからってそれはダメに決まっているじゃないか! まったくこの子は何を考えているんだ!? そんなに僕を誘惑したいのかい? それなら喜んで相手をしてあげてもいいんだよ!?(まだまだパニック中)


 僕の理性が持つかどうかは保証できないけど……って、そんなことを考えている場合じゃないんだよ! 僕は彼女を落ち着かせようとして、口を開いた。


「女の子なんだから、そういう無防備なことはしちゃダメだって! もっと自分を大切にしないと!」


 僕がそう言うと、三井は不思議そうに首を傾げる。


「? ブラのホックくらい大したことじゃないと思うけど」


 ……どうやら僕の考えは彼女には伝わっていなかったようだ。やれやれ困った子だなぁ。ここはひとつ、ガツンと言ってやらねばならないだろう。

 僕は意を決して彼女を注意することにした。


「あのね、女の子がそんなに無頓着だと、襲っちゃうぞ?」


 彼女の肩に手を置き、そう耳元で囁いた。

 すると、三井が途端に顔を真っ赤に染め、


「えっ!? えと……その……」


 慌てふためく三井。やっと理解してもらえたようだね。

 ……まったく、こんな無防備だといつ男に襲われても文句なんて言えないぞ!


「わ、私は、司狼くんなら……いいよ?」


「……」


 はい? 今なんと言いました? いいって聞こえたんだけど気のせいだよね? 聞き間違いだよね? そうだよねそうだよねそうだよね!? うんそうに違いない間違いない! うんうん……ってちがーう!!

 なに言ってんのこの子!? 馬鹿なの? それとも僕をからかっているのかい!?


「あの……三井さん?」

「なに?」

「いや……なんでもないです」


 僕はそれ以上、追及することができなかった。

 だって上目遣いで見つめられたら何も言えないでしょ? こんな顔されたら断れるわけがないじゃないか! うう、可愛いなぁちくしょうめ!


  結局、ブラのホックを留めてしまった(……あれ? 女の子って自分で留められないんだっけ? 着ぐるみの背中のファスナー感覚なのだろうか)。

 仕方ない、だってあんな顔でお願いされたら断れないじゃないか! 卑怯だぞ三井ののかめっ! この借りはいつか必ず返してもらうからな! 覚えておけよっ!!


 それ以来、体育の時間になると僕にお願いをしてくる……ホックに限らずだ。


「司狼くん! 早くしてよ!」

「わかったよ! 今行くからちょっと待ってて!」

「もう! 遅いわよ!」


 そう言って怒る彼女だけど、その表情はどこか楽しげだった。

 僕もそんな彼女を見るのが好きだったりするので、お互い様だろう。僕たちの関係は周りから見ると「まだ」仲の良い友達同士にしか見えないだろうけど、僕としてはこの関係も悪くないと思っている。もちろん、それ以上になりたいという気持ちもあるけどね……。


 今はまだこのままでもいいかなと思っているんだ。だって三井ののかは本当に良い娘だから!僕にとって最も大切な存在になりつつある彼女に、僕は恋をしていたのかもしれない。


「司狼くん早くー!」


 三井が急かすように僕を呼ぶ。

 仕方ないなあと苦笑しながら、僕は彼女の元へ向かったのだった。



「――ねえ司狼くん、今度デートしようよ」


 ある日の三井の誘いに、僕は面食らった。

 デートってあのデートだよね? 男と女が二人でお出かけすることだよね? それってつまり……デートじゃないか! いやいや待て待て、早とちりしてはいけないぞ神凪司狼!

 これはきっと違うんだ、きっとそうに違いない! きっと友達同士で遊びに行くとかそんな感じだろう。期待し過ぎると痛い目に遭うぞ? ここは慎重にいかなければ……。


「どうしたの?急に黙り込んで」


 おっといけない、つい考え事をしてしまったようだ。

 心配そうに、三井が僕の顔を覗き込んできたので慌てて返事をする。


「なんでもないよ。それで、デートって、どこに行きたいの?」


 僕が訊ねると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 ああもう可愛いなあっ!

 そんな笑顔を向けられたら僕はもう……どうにでもなれって感じだよ!


「司狼くんと一緒にいられるならどこでもいいんだけど、せっかくだから、デートらしいところがいいかな」


 三井のそんな台詞に僕は嬉しくなってしまう。

 僕と一緒にいたいと思ってくれるなんて! 僕も同じ気持ちだよ! でもさすがに「じゃあ僕の部屋でまったり過ごそう!」とは言えないよなぁ。

 もし言ったらドン引きされる未来しか見えないし……。

 きっと魔法でも変えられない未来だ。


「うーん、それなら……遊園地とかどうかな?」


 無難なところで遊園地を提案してみた。これならまず断られることはないはずだしね! まあ断られたとしてもついていくけど……というかむしろ喜んでついていくけどね!!(軽くパニック中)


「うん! いいね遊園地! 楽しそう!」


 よかったぁ、喜んでくれたみたいだ。

 それじゃあ次の日曜日に行くってことでいいかな?

 楽しみだなぁ――僕はわくわくしながら日曜日がやってくるのを待った。


 そしてついに待ちに待ったデート当日……、この日のために色々と準備をしてきた僕だったが、集合場所にきた光井の姿を見て驚いた。


「ごきげんよう司狼くん」


 そう言ってスカートの裾を持ち上げながら、綺麗なお辞儀をして見せる三井はなんと……和服姿だったのだ! シンプルな服装だが、それが逆に彼女の魅力を引き立てている気がした。

 普段の制服姿や体操服姿も可愛いけれど、こういう落ち着いた姿もまたいいなぁ—―。


「どう……かな? 似合ってる?」


 僕の視線に気づいた三井が恥ずかしそうに聞いてきた。


「うん! すごく似合ってて綺麗だよ!」


 僕が素直な感想を言うと、彼女は照れたように微笑んだ。

 うっ……! なんて破壊力なんだ……! その笑顔だけでご飯三杯はいけるぞ!

 え、三杯だけ……? もっといけるさらに三倍だ!!


「――それじゃあ、行こうか」


 そう言って、僕は三井の手を取った。




 …了(give up)

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