6. あの日の僕ら2・外伝 ⑯~⑳
-⑯ 大好物-
今年に入ってからの異常気象でこの時期の気温が以上に高くなった様に感じていた勝久は松龍の一角に神崎とこっそり隠れて冷蔵庫から引っ張り出したビールを呑み始めていた、2人の様子を見ていた美麗はこんな事が女性陣にバレたら大変な事が起こると思っていたが店の売り上げが少しでも良くなるはずだし「覆水盆に返らず」というやつだ。因みに今日は勝久が龍太郎に連絡をしていなかったのでお気に入りの青島ビールでは無いらしい、と言うか店の冷蔵庫から勝手に物を取ってんじゃねぇよ。
美麗「警部さん、始めちゃってて良いの?皆乾杯を楽しみにしてお酒に合うお料理を沢山作っているみたいだけど。」
あらま、取った事自体は寛容にされているみたいだな。まぁ、それはどうでも良いか。
勝久「良いじゃないか、男には2人で静かにゆっくり呑みたくなる時があるんだよ。」
美麗「ふーん・・・、そんなもんなの?」
そう言えば秀斗や安正もごく偶にだが店の裏で男同士で吞んでいた事があった様な無かった様な・・・、ただ正直仲間外れにされている様な気分であまりいい思い出ではなかったので美麗自身は忘れる様にしていた。もしかしたら女の自分には分からない話をしていたのかも知れないと自分の気持ちを必死に押さえつけていた事も同時に思い出してしまった美麗を厨房から花が呼んでいた、それと同時に・・・。
花「美麗ちゃーん、ごめん!!ステーキの味付けを中華風にしてみたいからちょっとアドバ・・・、ってあああああああああああああああ!!酒井さん!!私達がビールを我慢しているってのに何先に始めちゃっているんですか!!」
勝久「い・・・、いや・・・、これは暑いから喉が渇いちゃって・・・。ただこそこそするつもりは無かったんです・・・、ごめんなさい・・・。」
事件現場等では威厳を見せつけ格好いい警部として活躍している勝久も、どうやら初めて会う女性の前ではタジタジしてしまう様だ。正直言ってこれは意外、麗子と初めて会った時はどうしていたんだろうか・・・。
神崎「ハハハ・・・、お前は変わらないな。いつも初対面の女性と話す時に緊張してしまうのな、野郎なら全然表情を変えないのにどう言う事なんだよ。」
勝久「うるせぇ、お前も同罪なのになんで俺だけなんだよ。」
花「神崎さんは格好いいから良いんです、枝豆でも持って行くので待ってて下さいね!!」
勝久「え?!俺には何も無いんですか?!」
花「勝久さんは後でお楽しみがあるので我慢してて下さい!!」
勝久「何でだよ・・・。」
しょんぼりしながら手に持っていたグラスを置く勝久を、偶然見かけた文香がフォローした。優しい女性をアピールする作戦になっているのだろうか、出来れば自然な気持ちでの行動であって欲しいと願いたい。
文香「花、それだと勝久さんが可哀想じゃない。それに何をバラそうとしてんのよ。」
花「すみません、文香さんと勝久さんが乾杯を交わして楽しそうに吞んでいたのを想像してしまいましたので。」
文香「あらま、私に気を遣ってくれていたのね。ありがとう、肉団子の挽肉が余りそうだから後でハンバーグでも作ってあげる。」
花「ありがとうございます、楽しみ・・・。」
何気に勝久へのサプライズ(?)をバラしてしまった文香、それで大丈夫なのか?
文香「勝久さん、私達の事はお気になさらずに吞んでて下さいね。」
勝久「すみません、恐れ入ります。」
何気に2人の間にあった気まずさ(若しくは蟠り)は無くなっていた様だ、これに関しては一安心。
そんな中、厨房の隅で柔らかくするためにコーラにつけていたステーキ肉をやたらと美味そうに焼いてアルミホイルに包んでいた花を見て別の者が気になる事を聞いていた。そう、瑠理香である。
瑠理香「花、そんなに美味しそうに焼いているならわざわざ甘酢あんかけ風にしなくてもシンプルに塩胡椒で良いんじゃない?」
奈津「私も・・・、内心そう思ってた。」
花「良いじゃない、塩胡椒だと私が毎日食べているのと一緒だから偶には違う味で食べたかったし折角中華料理屋で作るんだから中華風にしたいと思ったのよ。」
おいおい、いくら大好物だからって毎日ステーキ食ってるんかい!!飽きるやろ!!そりゃあ美味そうに焼く訳だよな、正直言って花のエンゲル係数どうなってんだよ・・・。
-⑰ 弁当-
勝久と神崎がゆっくりと呑んでいる中、調理場の女性陣は豪華な花見弁当を完成させた様だ。何故なら歓喜の声がその場を包んでいて、正直耳を塞ぎたくなるくらいの大音量になっていたからだ。
文香「勝久さん!!神崎さん!!お待たせしました!!皆で食べましょう!!」
結局すぐに食べるのだがそこは弁当、きっちりと蓋を閉める文香。本人の表情は何処か恍惚に満ち溢れていた。
勝久「いや・・・、何もしなくてすみません・・・。責めて力仕事だけでも手伝わせて頂けませんか?」
花「助かります、じゃあこのお弁当を運んでいただけませんか?」
調理場から数段の重箱を運び出した勝久、やはり中華居酒屋だからか餡掛けの香りがぷーんと充満していた。
勝久「凄い香りですね、天津飯でも作ったんですか?」
美麗「いや、見た感じではそんなやつを作っていなかったと思うんですけど。」
一応店の看板商品の1つである天津飯を「そんなやつ」と呼んでいる美麗、この中華居酒屋の将来は一体どうなるんだろうか。
神崎「良いじゃ無いか、蓋を開ける瞬間も弁当の楽しみの1つだって言うだろ?」
瑠理香「そうですよ、神崎さんもたまには良い事言いますね。」
神崎「「たまに」ってどういう意味ですか、「たまに」って・・・。」
女性陣から見た神崎のキャラはどう言った物なのだろうか、真面目に仕事をこなす立派な社会人のはずなのだがまさか・・・。
奈津「瑠理香の言う通りですよ、だって神崎さんってただのチャラ男じゃないですか。」
神崎「そんな・・・、俺の何処が「チャラ男」だって言うんですか。」
神崎のキャラの事でその場が和んだところでやっと花見が始まった、駐車場に大きなブルーシートを広げてビールを注いでいく面々。
勝久「幸せです、こんな綺麗な夜桜の下で綺麗な方々と酒を酌み交わせるなんて。」
美恵「嫌ですよ、私なんてもうすぐババアですよ。」
敢えて年齢を公表してはいないがまだまだババアまで遠いはず・・・、ってババアって言っちゃった。
神崎「そろそろ蓋を開けませんか?そろそろ空腹で我慢の限界なんですけど。」
勝久「そうだな、俺もそう思います。」
匂いの正体を早く知りたくて仕方が無い勝久、まさか中華料理では無いとは言いづらいったらありゃしない・・・。
花「開けますよ・・・、ほら!!」
勢いよく蓋を開けた花、口から流れる涎が目立ってしまっている。正直言って食う前に涎を拭いて欲しい。
勝久「おお・・・、凄い・・・、ですね・・・。」
勝久が驚愕するのも無理は無い、花のお陰(?)で中身の殆どが餡掛け味のステーキだからだ(今回の為に一応1kg5800円のA5ランクのサーロインを用意しました)。
神崎「まさか香りの正体がステーキだったとは・・・、意外です。花さんは面白い事をしますね。」
花「良いでしょ、美味しいと思うので試して見て下さい。」
全員は早速1口、流石はA5ランクと言える味わいだ。ごま油の香る醤油風味餡掛けの味にも負けていないのでとても嬉しい、ビールにも合う。
駐車場で皆がステーキの味に舌鼓を打つ中、調理場で夜営業の準備をする龍太郎の下に1本の電話が入った。
龍太郎「もしもし?ああ・・・、めっちゃんか。何?うん・・・、うん・・・。おいおい、俺があいつに言うのか?ちょっと荷が重いんだけど・・・。」
慎吾(電話)「頼むよ・・・、龍さんでないと頼めない弁当(案件)なんだ。」
-⑱ 言いづらい・・・-
警察署長である姪家慎吾の頼みを渋々受け入れる事にした中華居酒屋店主兼警視総監はまず警視(部下)でもある妻・王麗に一言相談する事にした、やはり文香の事が気がかりだったからだ。
王麗「そうかい・・・、確かに父ちゃんが抵抗する気持ちも分からなくもないけど本人に早く言わないといけないね。」
龍太郎「やはりか、ただこれだけは致し方ないよな・・・。」
王麗「でも何でめっちゃんはあんたを指名して来たんだい?」
いつからか、王麗も慎吾の事を「めっちゃん」と呼ぶ様になっていた、プライベートで店に足を運んでいるのだろうか。
龍太郎「きっと俺が昔からのあいつの先輩で気楽に話せる仲だからって事だろうよ、信用されているのは良い事だ。」
王麗「そうだね、でもただただ上手く利用されているだけっていう訳だったら最悪だよ。」
龍太郎「それを言うなよ、考えない様にしていたのに・・・。」
妻の予想だにしない発言に少し頭を抱えながらも、龍太郎はお玉を片手に駐車場に出た。
王麗「父ちゃん、そんな物必要無いだろう。置いて行きなって。」
龍太郎「ああ、悪い・・・。さっきまで炒飯作ってたからつい・・・。」
誰だって言いづらい事を言う事は頭がむしゃくしゃして周りが見えなくなる事だってある、気持ちは分からなくも無い。それに・・・。
王麗「文香ちゃんの事かい?」
龍太郎「ああ・・・、あんなに楽しそうにしているってのに雰囲気を悪くしちまう事を言う訳だからちょっとな・・・。」
ステーキ肉中心の非常に重たい弁当を囲みながら勝久と楽しそうに笑う文香の顔を見て余計に言いづらくなっていた龍太郎、しかし責任者(?)としての務めはちゃんと果たさなければという気持ちも無くはなかった。ただ今だけは2人に楽しく過ごして欲しい、いつの間に勝久と文香が気兼ねなく話せるようになったのかは分からないけど結果が良ければ良いじゃ無いかと思いたい。しかし、今から自分が発する言葉で2人の表情を一変させてしまう事からはきっと逃れることが出来ないであろう。龍太郎は意を決して勝久を呼び出す事にしたかったがどうしようか・・・。
王麗「父ちゃん、うちは警察署じゃ無くて居酒屋だよ。」
王麗の一言により龍太郎は救われた気がした。そう、ここは居酒屋だ、酒を使えば何だって出来る(はず)。
龍太郎「勝久・・・。」
駐車場の桜の木の下で楽しむ警部達に近付いた龍太郎は勝久に声を掛けた。
勝久「龍さん、どうしたんです?」
勝久の名前を呼んだのは良いが、いち居酒屋の人間として決して客の笑顔を絶やしてはいけない事を忘れかけていた龍太郎。まぁ、今は楽しく過ごさせる事が最優先事項だと感じた店主は自分を制止した。まだ、急がなくても大丈夫だろう。
龍太郎「悪い、何でも無い。皆、酒のお代わりは良いか?」
未だに無くなる事を知らない弁当(肴)、いや肉を見てまだまだ宴が続きそうだと予想した龍太郎は厨房に帰る口実が欲しかった。
文香「じゃあ紹興酒呑みたい、お代わりがあると助かるんだけど。」
文香の言葉にヒントを得た龍太郎、いっその事目の前の女性刑事を酔わせて眠っている間に勝久に例の案件を告げれば良いと踏んだ龍太郎。
龍太郎「ああ・・・、と言うかボトルキープしているやつがあったんじゃないか?」
文香「ボトルキープ?私、そんなのしてたっけ・・・。」
龍太郎「ほら、この前来た時に新規でボトルキープしてたじゃないか。酔って何も覚えていないんじゃないのか?勝久、俺はまだ料理を作らないとだから持って行ってやれ。」
勝久「俺ですか?何で・・・、仕方ないか・・・。」
勝久を連れて店へと戻る龍太郎、ただその表情は居酒屋の店主の物では無かった様だ。
-⑲ まさかの言葉-
勝久は店主と共に店の厨房へと向かおうとした、しかし店に入った店主は厨房へと入ろうとはせずにまっすぐ中庭へと出て行った。
勝久「煙草でも吸いに行ったのかな・・・。」
店主兼警視総監の行動を横目に見ていた警部は催したので中庭の出入口近くの化粧室へと入った、数分後に厨房横へと戻った勝久を中庭から龍太郎が呼び出した。
勝久「龍さん、紹興酒って何処にありましたっけ?」
龍太郎「ああ・・・、その前にすまんがこっちに来てもらえるか?」
龍太郎の暗い表情によりこれはただ事では無いと察知した勝久は店主のいる方向へと向かった、係長を中庭へと迎え入れた龍太郎は居酒屋の店主では無く警視総監の表情をしていた。
勝久「龍さ・・・、いや松戸警視総監。何かありましたか?」
昔から先輩とずっと追っている貝塚義弘による事件の捜査に動きがあったのだろうかと思った勝久は機密保持の為に中庭の扉を閉めた、ただこの扉を閉めても店内からの音は駄々洩れだったので逆も十分あり得る状況であった。
そんな中、2人がなかなか帰って来ない(と言うより紹興酒が来ない)ので痺れを切らした文香は店内へと向かった。先程の店主の発言の虚偽を疑いつつも自分が泥酔しながらボトルキープしたという紹興酒を探す文香、一応辺りを見廻したがそれらしき酒瓶は見当たらなかった。
文香「龍さんったら、何処にあるってのよ・・・。」
厨房の戸棚を関係者以外の者が開けまくっていたので流石に不審に思った女将、相手が刑事である事は勿論知っていたが今はそんな事関係無い。
王麗「文香ちゃん、そんな所でどうしたんだい?」
不審な動きをしているのは確かだがやはり相手は客なので優しく声をかけた警視。
文香「女将さん・・・、探し物なのよ。」
王麗「探し物?文香ちゃんがこんな所で?私で良かったら何を探しているか教えてくれるかい?」
文香「紹興酒よ、龍さんが私が酔っぱらいながらボトルキープしたやつがあるって言ってたから取りに来たの。」
王麗「文香ちゃんの紹興酒ね・・・。」
勿論文香のキープボトルなど存在していない、旦那の発言の意図を汲み取った女将は一先ず戸棚から適当に1本出しグラスと一緒に手渡した。
王麗「これよこれ、この前酔っぱらいながら持って行こうとしてたじゃ無いの。」
文香「そうかな・・・、全く覚えて無いけど。」
王麗「ただの吞み過ぎよ、自棄になってビールを馬鹿みたいに吞んでたじゃない。」
先日文香が給食センターでの仕事(任務)の帰りに疲れた表情で松龍に来た事を上手く利用してついた嘘だったが文香にはすぐにバレかけていたので王麗は少し焦っていた、理由は至極単純な物だったが。
文香「ねぇ、これってネームタグが付いていないじゃない?本当に私のキープボトルなの?」
カウンター横に並べられた他のどの客のキープボトルを見てもネームタグはちゃんと付いていたが文香の持つ酒瓶には何も付いていなかった、しかし落ち着きを取り戻した女将は冷静に対処していた。
王麗「ごめんごめん、忙しくて作るの忘れていたんだよ。後で美麗にでも頼んでおくから許しておくれ。」
王麗から手渡された酒瓶とグラスを抱えた文香は中庭の方向から微かに聞き覚えのある男性達の声がする事に気付いたので扉へと静かに近づいた、2人を驚かせようとゆっくりと扉を開いた文香の耳に入ったのはまさかの言葉だった。
龍太郎「勝久・・・、いや酒井警部。辞令が下された、明日付で元の警察署に戻れ。」
龍太郎の言葉が終わった瞬間、出入口の方からガラスの割れる激しい音がしたので勝久はその方向へと振り向いた。
-⑳ 最初で最後-
ガラスの割れる激しい音を聞いた勝久が出入口の方向を振り向くと見覚えのあるパンツスーツを着た女性の泣きながら走り去って行く姿が見えたので後を追いかけた。
勝久「文香さん!!」
バレンタインデーで優しさはあったが嘘をついてしまった事は紛れもない事実なので文香を傷つけたままでは無いかと密かに自分の事を責め続けていた勝久は現状のまま元の場所に戻る訳にもいかないと必死になっていた、今現在でも心の隅には麗子の姿があったが正直に自分の気持ちを伝えないままなんて誰だって嫌だと思ってしまう。勝久は急いで店内に入ったが既に文香の姿は無かった、警部の心境を察した女将は優しく店の出入口の方向を指差していた。
王麗「早く行ってやんな、これ以上私達の文香ちゃんを泣かしたら許さないよ。」
勝久「はい!!」
勝久は出入口に向かって駆けだした、ただ店の前に出ても文香の姿は無かった。駐車場の桜の木の下では何1つ状況を把握していなかった神崎たちが未だに酒宴を楽しんでいた。
勝久は息を切らしながら同僚達に近付いて質問した
勝久「ふ・・・、文香さんは?」
神崎「お前な、何があったってんだよ。文香さんなら泣きながらあっちの方向へと走って行ったぞ。」
美恵「多分守君達の家の方向に行ったと思いますけど、この駐車場を出てすぐ右の。」
勝久「そうですか・・・、有難うございます。」
勝久は美恵に言われた方向へと急いで向かった、女性刑事の予想通り文香は数分走った所にある民家横の隅で静かに泣いていた。
勝久「文香さん、あの・・・。」
文香「嫌です!!聞きたくないです!!」
すっと立ち上がって勝久の優しい声掛けを遮った文香、目元には大量の涙がまだ溜まっていた。
文香「私、このまま勝久さんと離れ離れになるの嫌です!!ちゃんと自分の気持ちを伝える事が出来ていないままお別れするの嫌です!!」
目の前で激しく泣き出す女性の姿を見た勝久は文香の両肩に優しく手を延ばした。
勝久「文香さん、申し訳ありません。俺は貴女に嘘をついてお気持ちを知っていた事をずっと黙っていました。ちゃんとした返事が出来ていなかった俺が悪いんです、謝らなければならない大罪人は俺です。許してくれとは言いませんが本当に申し訳ありません。」
真摯な気持ちで深々と頭を下げる勝久、ただ文香は素直に謝罪を受け入れようとしなかった。
文香「やめて下さい、そんな謝罪の言葉を聞いたってちっとも嬉しくありません。」
文香が延々と泣きじゃくる中、勝久は一体どうすれば良いのかと1人暗中模索していた。しかし、今の警部に出来る事はただ1つだけだった。
勝久「文香さん、私は・・・。」
文香「麗子さんの事を今でも愛しているんでしょ?」
そう、実は文香は中庭での神崎との会話についてを王麗から知らされていた。しかし自分の気持ちに嘘をつきたくないという強い想いが未だに心中にはあった様だ。
文香「私は2番目でも良いです、ただ勝久さんが好きなんです!!」
勝久「お気持ちは嬉しいですが、私は・・・。」
文香「止めて下さい!!辛くなるだけなんで何も言わないで下さい!!いずれはいなくなっちゃうって事も覚悟してました!!でも嫌なんです、私本当は貴方の部下の刑事ですが恋したいんです!!」
文香はこう言うと勝久の両頬を強く掴んで唇を重ねた。
勝久「うっ・・・。」
数十秒の間、深いキスを交わし続けた後に勝久から静かに離れた文香は再び涙を流しながらその場を離れながら言い放った。
文香「これで・・・、最後です・・・。もう貴方と会う事はありません・・・。」
文香も勝久もこんな失恋はしたくなかった、しかし運命には決して逆らえない。勝久は両頬に残った文香の優しい手の温もりを感じながらその場で泣き崩れた。ただこれで良かったのかは分からない、しかしもう元には戻れない。
翌日、文香の言葉が脳内で繰り返される中、ホテルの一室で帰る準備を終えた勝久は表情を曇らせながら最寄り駅のホームで1人帰りの電車を待っていた。
勝久「結局・・・、俺は何も出来なかったな・・・。」
正直に気持ちを伝えた文香に対して全くもって無力だった自分を呪う勝久、そんな中で無情にも警部の乗る電車が滑り込む様に駅へと入って来た。
勝久「行くか・・・。」
勝久は乗り込んでから数秒後に出発した電車の車窓から流れる景色を眺めていた、そして数キロ走った先の踏切でまさかの光景を見かけた。
文香「勝久さん!!ありがとう!!」
そう、文香が笑顔でこちらに向かって手を振っていたのだ。それを見つけた勝久は電車の窓を力いっぱい開けて手を振り返した。
勝久「こちらこそ、ありがとう!!」
手を振り合っていた2人はきっと分かっていたんだ、もう2度と戻る事は出来ない事を。ただいい思い出にしたかったんだ、2人が出逢った事を悔やまなくても良い様に。
「出逢えて良かった」と心から思って欲しかったんだ、そう・・・。
「あの日の僕ら」に・・・。(完)
夜勤族の妄想物語3 -6.あの日の僕ら2・外伝~刑事だって恋したいんです~- 佐行 院 @sagyou_inn
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