6. あの日の僕ら2・外伝 ⑥~⑩
-⑥ ほぼ同じ状況-
バッチリと決めようと思っていた自己紹介でドジを踏んでしまった勝久はやけくそになったのか、翌日休みだという事を利用して「松龍」でヤケ酒を決め込んでいた。
龍太郎「お前な・・・、そんな事でいちいち嘆いてたら警部なんて出来ねぇぞ。」
警視総監の言葉が勝久の心に重くのしかかる、係長待遇の警部は顔に似合わず今にも泣きだしそうだ。
勝久「龍さん・・・、そんな事言わないで下さいよ。俺にだって警察官としての面子ってもんがあるんです、お願いですから呑ませて下さい。」
龍太郎「まぁ、うちは儲かるから良いんだけどさ。」
偶然だろうか、それとも必然だったのだろうか、少し離れた所で2人の様子を見ていた美恵が近づいて来た。
美恵「酒井さんでしたっけ・・・?あの・・・、何かありました?」
勝久「貴女は確か・・・、文香さんと一緒に働いておられる・・・。」
美恵「美恵です、倉下美恵。」
勝久「美恵さんでしたね、ご心配をおかけしてすみません。実は今日、少しの間世話になる職場に初めて行ったんですが、そこでやらかしてしまいましてね。」
勝久の目の前にはビール瓶が何本も転がっている、美恵は流石に大泣きしながら呑む警部の顔を文香に見せる訳には行かない気がした。
美恵「誰にだってそんなときありますって、それに今日が初日だって仰ってたじゃないですか。これから巻き返せば良いだけですよ、私貴方と仕事した事無いですけど貴方なら出来る気がします。ほら、箱ごとティッシュあげますから涙を拭いて下さい。」
カウンターに備え付けられているティッシュを勝久に手渡す美恵、それを女将が見逃さなかった。
王麗「美恵ちゃん、自分の物の様に言わないでくれるかい?」
美恵「お・・・、女将さん・・・。ティッシュ位は良いでしょ?」
王麗「馬鹿言ってんじゃ無いよ、ただでさえ石油が高いってのに。それにね、向こうを見てから言ってよね。」
王麗の目線の先では見覚えのある女性が1人、座敷で勝久と同様の状態になっていた。
美恵「忘れてたわ、文香もヤケ酒してたんだった。」
勝久「あの・・・、何かあったんですか?」
美恵「いやね、給食センターの仕事って思った以上に大変でしてね・・・。」
潜入捜査を行っている給食センターでこの日、2人は1週間分の献立を考える様にと指示され頭を悩ませていたそうだ。一応、上司は潜入捜査という事を知っているが「他の従業員と同様に働く事」が潜入の条件だった為に他の栄養士と同様の業務を行っていた。まぁ、その方が潜入捜査がしやすいので快く条件を飲んだのは2人の方だったのだが・・・。
文香「何よアイツ!!「子供から必ず人気が出る新しいメニューを加えて1週間分の献立を作れ」ですって?!無茶言うなっての、カレーでも食わせとけば良いじゃないのよ!!」
声のする方向を見て少しだが汗を滲ませた勝久。
勝久「文香さん、荒れてますね・・・。」
美恵「そうなんです、私も近づきづらくって・・・。」
勝久「俺が行ってみましょうか?」
美恵「大丈夫ですか?勝久さんもヤケ酒を決めてたんでしょ?」
勝久「同じ者同士で語ってみますよ・・・。」
そう言うと、勝久は開けたばかりの瓶ビールを片手に文香のいる座敷に近付いた。
勝久「文香さん、大丈夫ですか?」
文香「勝久さーん、私も公務員である前に1人の女なんですー、泣きたい時だってあるんですー。」
勝久「よしよし・・・、俺のビールで良かったら呑んで下さい。」
慣れない手つきで(本来の)部下を宥める(本来の)上司。
文香「嫌ですー、勝久さんと一緒じゃなきゃ嫌ですー。」
勝久「分かりました、付き合いますから涙を拭いて・・・、あ、ティッシュ無くなってる。」
-⑦ 新たな来客-
勝久は替えのティッシュを龍太郎に貰うと急いで文香の待つ座敷へと戻り、箱から1枚目から3枚目までを一気に取り出して文香に手渡した。
勝久「それにしても困りましたね、「子供から必ず人気が出る新しいメニュー」ですか。最近の子供って意外と舌が肥えてますからね。こういう時、アイツがいたらな・・・。」
文香「アイツって・・・?」
勝久「いやね、自分が元々勤務している警察署にちょこちょこ顔を出したり周りをうろちょろするガキがいるんですよ。学校サボって図書館に入り浸っているって時もあるみたいでね、困った奴なんですが未成年ですから味の好みは近いはずなんですけどね。」
勝久が瓶ビールを自分のグラスに入れて1口呑んだ瞬間に、警部の背中を強く叩いた少女がいた。
少女「酒井さん!!」
勝久「お・・・、お前!!何でここにいるんだよ!!」
少女は学校の制服を着ていたが、この辺りの物では無い様だ。どうやらこの少女の事を知っているのはこの場で勝久だけだったらしい。
文香「勝久さん、その子お知り合いですか?」
勝久「ああ・・・、こいつがさっき言ったガキですよ、部下にここにいる事は黙っておく様にと念押ししていたんですが。」
少女「ガキって酷くないですか?私にだって「愛美」っていう名前があるんですからね。」
少女は勝久に対してグイグイと押す様に強く話していた。
愛美「それよりも私のことが必要だったんじゃないの?」
勝久「待て、それより先にどうしてここにいるのかを教えろ。」
勝久の質問に答えたのは愛美本人ではなく、後からやって来た男性だった。
男性「俺が連れて来たんだよ、勝久のいる場所を教えろ、連れてけってしつこい上に大富豪で負けちゃってさ。」
勝久「神崎・・・、お前がトランプ弱いのは昔から変わらないな。」
神崎「仕方がないだろ、勝久が必勝法を全然教えてくれない所為だぞ。」
自分抜きで繰り広げられる会話に一切ついていけない文香、ただラジオ代わりにしていたが故に3人の会話を肴にビールが進んでいた。
文香「勝久さ~ん・・・、その人がさっき言ってた部下の人?」
勝久「すみません、こいつは別の奴でして。言わば同僚と言いますか、若しくは「同じ穴の狢」と言いますか。」
神崎「何だよ勝久、こっちに来てナンパしてたのか?俺にも紹介しろよ。」
勝久「お前な・・・、俺がナンパをする様な性格に見えるか?」
勝久は拳を握って神崎を脅す様に返事をした、神崎曰くさっきから呑んでいた酒が回っていたのか普段とは迫力が違う様だ。
神崎「悪かったよ、怒らせるつもりは無かったんだ。」
勝久「許す代わりにお前、ここの代金奢れ。」
神崎はため息をつきながら財布と相談した、本人にとっては踏んだり蹴ったりの1日みたいだ。
神崎「しょうがないな・・・、どうせ今日はホテルに戻るだけだから俺も呑むか。おばさん、瓶ビールある?」
王麗「あいよ・・・、ちょっと待ってな・・・。」
どうやら神崎は松戸夫婦の事を知らない様だ、それが故にただの客としての注文をしていたのだがその様子を見ていた勝久は気が気でなかった。何故なら、ビール片手にやって来た王麗の顔が笑っておらず小刻みに震えていたからだ。
王麗「お待たせしました、瓶ビールです・・・。こちらの方は同僚さんなのね、「酒井警部」。後でお話があるから裏においでね・・・。」
勝久は震えながら神崎の方を見た、神崎はまだ何にも気付いていない様だ。
神崎「え?俺・・・、何かしちゃった?」
勝久「お前な・・・、ここの女将さんは・・・、警視なんだぞ!!」
-⑧ 無知の知と少女の得意技-
どこからどう見ても町中華の女将にしか見えない王麗を見て、同僚が冗談を言っている様にしか思えない神崎は軽い気持ちで王麗に質問した。
神崎「女将さん、冗談でしょ?警察手帳とか持ってるの?勝久、冗談だよね?」
2人「・・・。」
沈黙を続ける2人を見て自分がとんでもない発言をしてしまった事に気付いた神崎は、心を落ち着かせようとグラスの中の水を飲んだ。
神崎「マジ・・・、か・・・?」
勝久「俺達の大先輩だぞ、以前こっちで貝塚義弘関係の事件を追っていた時に大変お世話になった方々だ。決して舐めてはいけないのは分かるな?」
神崎は勝久の発言を決して聞き逃さなかった。
神崎「「方々」って・・・、お前今「方々」って言ったか?」
勝久「言った、間違いなく言った。本当に何も知らないんだな、あそこで中華鍋を振っている大将の事も。」
勝久に促された神崎は調理場を見た、何処からどう見ても1人娘にタジタジとしている父親にしか見えない。
美麗「パパ!!何度言えば分かるの?!靴下はちゃんと裏返してから洗濯に出してっていつも言ってるでしょ!!」
龍太郎「す・・・、すんません・・・、美麗(みれい)さん・・・。」
美麗「分かってんの?!それにこのデニムパンツだってポケットの中身を確認しないで出したでしょ!!中から外れ舟券と赤鉛筆が出て来たよ!!」
王麗「あんたまた負けたのかい?懲りない人だね・・・。」
やはり何処の世界でも女性は強い、ただ娘の怒りの理由は全く別の物に変わっていた。
美麗「昨日何回も言ったじゃん!!児島の4レースは④が捲り差すからって!!何で無視して②を頭で買った訳?!」
王麗「美麗(メイリー)、言う事それなのかい?それで、払い戻しはいくらだったんだい?」
美麗が携帯を確認すると3連単は「④⑤③」で6万8千円とあった。
王麗「あんた・・・、これは美麗の勝ちだよ。」
競艇の話題で盛り上がる親子を見て勝久の言葉を信じる事が未だに出来ない神崎、あの店主が自分達の大先輩だって?!
神崎「ただただ愉快な家族にしか見えないんだが、ましてや店主は競艇で負けてる親父にしか見えないんだが。」
勝久「あれはカモフラージュだ、店主の正体は警視総監だぞ。」
2人の会話が聞こえたのか、お玉を片手に警視総監が近づいて来た。
龍太郎「優秀な酒井くぅ~ん・・・、ここではその事は内緒・・・。」
龍太郎の言葉を遮る様に文香が龍太郎に注文した。
文香「龍さん!!瓶ビール追加して!!そ、それとさ、若松の8レースが注目って新聞に書いてあったよ、早く買わなきゃ間に合わないんじゃないの?!」
龍太郎「そりゃ大変だ、急いで携帯で買って来るわ。美麗(みれい)、文香ちゃんにビール!!」
美麗「はーい。」
半ば仕方がなさそうな表情をしながら瓶ビールを持って来た美麗。
美麗「お待たせしました、そう言えばその子って大富豪が得意なんだって?皆でやってみない?トランプ持って来るから。」
勝久「暇つぶしになるから良いけど、神崎はどうする?」
神崎「やる・・・、愛美に負けっぱなしてのも嫌だもん。」
愛美「安心して、次も「階段革命」で潰してあげるね。」
愛美の言葉にため息が止まらない2人。
勝久「お前な、自信なくす事を言うなよな。」
神崎「何か胃が痛くなってきた様な気がするよ・・・。」
-⑨ ゲーム①-
急遽始まった大富豪大会に何故か店にいた客全員が注目していた、まるで青空の広がる公園で将棋を楽しむおじいさん達の集まりの様だった。
勝久「ジャンケンで負けた奴がシャッフルして配る事にして良いよな?」
神崎「それが一番でしょ、ただ愛美、ズルすんなよな。」
愛美「失礼な事言わないでよ、私一回もズルした事無いんだけど!!」
愛美は左手に水が入ったグラスを構えていた、今にも水をぶっかけそうな勢いだ。
神崎「悪かったよ、よせって。一先ず水飲んで落ち着けよ。」
愛美「やだ、コーラじゃなきゃ許さない・・・。」
神崎「仕方ないな・・・、大将、コーラある?」
神崎は相変わらず実感していない様だが、大先輩である龍太郎に普通の客としての態度で接しているので勝久は焦りを隠せずにいた。
勝久「おいおい、さっきも言ったけど・・・!!」
龍太郎「勝久・・・、他のお客さんもいるからその事はよせ。えっと・・・、君は勝久と一緒に働いている神崎君だったね?勝久もそうだがここでは龍さんと呼んでくれ。母ちゃんの事も女将さんで良いから。」
勝久「そ・・・、そうですか・・・。」
勝久は王麗の方をチラ見した、歯を軋ませながらプルプルと震えている様子から何処か認めていない様子が伺えた。
王麗「神崎君・・・、これからも御贔屓にね・・・。勝久君・・・、ゲームに負けたら裏においで・・・。」
正直、勝久は生きた心地がしなかった。死ぬ気でこのゲームに向き合う必要がある様だ。そんな勝久の事もつゆ知らず、神崎や文香は純粋にゲームを楽しもうとしていた。
文香「早く始めましょうよ、ビールがぬるくなっちゃうじゃないですか。」
勝久「そうですね、ぶつくさ言っても仕方ないですよね。」
座敷に座る数名はじゃんけんでカードを配る者を決めた、結果、カードを配るのは勝久となった。
文香「勝久さん、お願いしますね。」
勝久「それどういう意味ですか?裏に向けて配るから関係ないじゃないですか。」
勝久はまるでマジシャンの様な手捌きでカードをシャッフルし、全員に配布し始めた。
神崎「おいおい、お前ズルしてねぇだろうな?」
勝久「どうやってズルしろってんだよ、こんなに大勢の前で。」
接客と調理を忘れた松戸夫妻を含めて店にいた全員が勝久の手元に注目していた。
勝久「あの・・・、そんなに見られると緊張するじゃないですか。」
王麗「良いから早く配っちゃいな。」
勝久「あ・・・、はい・・・。」
王麗からの圧を感じながら急ぎ気味でカードを配り終えた勝久、ただ自分の手札を見た瞬間に表情が曇っていた。
龍太郎「ハハハ・・・。」
勝久「何ですか、笑わないで下さいよ。というかお前、いつの間に着替えたんだよ。」
実は早着替えが得意な愛美の服装を勝久がいじる中、2人の様子から文香は勝久の手札の酷さに気付いた文香、心の中で密かに勝久を救うのは自分しかいないと強く思っていた。
そんな中、ごくごく自然な流れでゲームは始まった(自分の地元の人間だけが知っているローカルルールだったらすんません)。
愛美「じゃあ、ダイヤの3を持ってるから私からね。」
文香「じゃあ取り敢えず・・・、7出してダイヤで固定しようか。」
勝久「げっ・・・!!」
文香「勝久さん、大丈夫ですか?汗が凄いですよ?」
勝久「な・・・、何を仰っているんですか、たかがゲームじゃないですか。」
どうやら、ダイヤが1枚も無い事がバレてしまった勝久。
-⑩ 「決意」という贈り物-
後ろからチラリとだけ見た龍太郎にも勝つ確率が低いと思われた勝久が脳内で如何に戦って行くか考えて行く中、隣でゲームの開始を待っている文香が耳元で囁いた。
文香(小声)「勝久さん、ちょっと良いですか?」
決して長い文章では無いが、本人にとって重みのある言葉だと受け取った勝久。
勝久(小声)「ど・・・、どうされたんですか?急ですけど・・・。」
文香(小声)「私が・・・、私が愛美ちゃんに勝ったらお願いを聞いて頂けますか?」
顔を赤らめながら話す様子から、文香の発言がただ事では無い事を知った勝久。しかし、今までの経験上で愛美を負かせた見た事が無かったので・・・。
勝久(小声)「勿論構いませんよ、文香さんが愛美に勝てたらね。」
一目惚れした男性の言葉を聞いた文香は久々に本気を出してゲームに挑み始めた、きっとこれ程意気込んで臨んだのは中学生の頃以来だろうか。
王麗「あの様子だと、「あれ」を用意しとかないといけないかもね・・・。」
妻のさり気ない独り言がはっきりと耳に入った龍太郎。
龍太郎「母ちゃん、「あれ」って何なんだよ・・・。」
王麗「どうして父ちゃんに言わなきゃいけないんだい、女同士の秘密ってやつさ。」
刑事の様子を見た女将は冷蔵庫の中身を確認し始めた、どうやら文香から預かっていた物があった様だ。
美麗「パパ!!ママ!!大丈夫?注文通すよ!!3番カウンターに麻婆豆腐と春巻き、5番卓に鉄鍋炒飯2人前、8番カウンターにお持ち帰りの唐揚げ5パック追加だって!!」
王麗「美麗・・・、あんた一気に注文取り過ぎだよ!!悪くは無いけど・・・、ねぇ・・・。」
調理場で松戸夫婦が中華鍋を温めて容器や調味料等を用意する中、座敷では「大富豪」が進んでいた。因みに、ただ場所を借りているだけという訳にはいかないので酒やジュースを飲み放題にした状態でオーダーしていた。
神崎「そうだな・・・、一先ず8切りして4のダブルからやり直すか・・・。」
すると、神崎の言葉を聞いてチャンスと思った文香が目を輝かせていた。
文香「8切りして、これでどうだ・・・!!」
愛美「嘘でしょ・・・!!やってくれんじゃん・・・!!」
そう、文香はクラブの4~7を出して「階段革命」を起こしたのだ。それにより愛美は焦りの表情を見せ始めた・・・。
文香「どうしたの?「階段革命」で潰されるのがそんなに嫌な訳?」
隣の座敷から文香の様子を見て少し引き気味になっていた王麗は率直な意見を述べた。
王麗「文香ちゃん・・・、あんたがこの辺りで一番「大富豪」が強いって有名なのは私だって知っているけど少し大人気なくは無いかい?」
文香「良いの!!これは年齢の関係ない「女としての戦い」なんだから!!」
それから十数分の間、静寂が座敷席を包む中で文香が「大富豪」となり独り勝ちした。
勝久「あの文香さん・・・、そう言えば「お願い」って何ですか?」
文香「えっと・・・、実は・・・。」
王麗「何やってんだい、これだろ?」
2人の会話を割く様にやって来た王麗が預かっていた「あれ(本命チョコ)」を手渡すと刑事はいきなり涙を流し始めた、どうやら人生の大きな転機を迎えている様だ。
文香「勝久さん・・・、生まれて初めて作りました。受け取って頂けますか?」
勝久「良いんですか?あ・・・、ありがとうございます。」
文香は拳を強く握り、贈り物を受け取った男性に泣きながら素直な気持ちを告げた。
文香「酒井勝久さん、大好きです!!私とお付き合いして下さい!!」
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