第49話 お庭でバーベキュー

 肉を焼く音というのは、なぜこんなにも食欲をそそるのだろう。

 

 串に刺された肉や野菜が熾烈な炎に包まれ、ジュージューと美味しそうなメロディを奏でている。


 肉の表面から脂が滴り落ちる度に炎がぱちぱちと弾け、香ばしい匂いが庭に広がっていた。


「わあああ……」


 表面に焦げ目がついて良い食べごろになった肉たちを前に、リリアは思わず声を漏らす。


「リリア、もういいんじゃない?」


 ジルも待ちきれないと言った様子で、うずうずと身体を揺らしていた。


「食べよっか。はい、ジル君」

「ありがとう」


 リリアに串を渡されて、待ってましたと言わんばかりに肉にかぶりつくジル。

 瞬間、ジルの瞳が星屑を散らしたように輝いた。


「美味ひい……!! 美味ふいよ、リリラ!」

「ふふっ、良かった。けど、口の中を空にして喋ってね」


 こくこくとジルは頷き、再び肉にかぶりついた。

 そんなジルをほっこりした心持ちで眺めながら、リリアも肉に歯を立てた。


「んっ……」


 炭火の熱によって旨味が凝縮された牛肉から、驚くほどの柔らかさが伝わってくる。


 下味のブラックペッパーのピリ辛さと、甘味のあるステーキソース。

 レストランでは味わえない、バーベキュー特有の炭の香り。


 外側のカリッとした焦げ目から香ばしさが鼻腔いっぱいに広がり、噛むごとに肉汁がじゅわっと溢れ出た。


「んんっー! 美味ひい!」


 あまりの絶品さに、思わずリリアも声を上げてしまった。


「リリア、口の中に物を入れて喋ったら駄目なんだよ」


 ジルにジト目で言われて、リリアはハッとする。

 もぐもぐゴクンと肉を飲み込んでから、「えへへ、つい……」と恥ずかしそうにリリアは笑みを滲ませた。


 それからしばらく二人で、夢中で肉を頬張った。


 牛肉の他にも、甘味がふわりと香る豚肉や、皮はパリッと中は驚くほどジューシーな鶏肉、そして玉ねぎやピーマン、にんじんなどの野菜。

 どれも炭火で焼かれた故特有の香ばしさがあって、食欲は止まることを知らなかった。


(どれもすっごく美味しい……それに……)


 ふと、周りを見回す。


 抜けるような青空の下、自分の家の庭でバーベキュー。

 時折頬を撫でる風が心地良い。


 隣ではジルが、幸せそうな表情で肉を頬張っている。


(なんだか、良いな……)


 味だけでなく、バーベキューというイベント自体に、リリアは胸の中が満たされるような充実感を覚えていた。


「リリア、もう一本食べていい?」


 肉を食べきったジルが物欲しそうにリリアを見上げる。


「もちろんよ……って、あら……?」

「どうしたの、リリむぐっ……」


 不意に、ハンカチを口元に当てられてジルが呻き声を上げる。

 くしくしと、リリアはジルの拭った後。


「ふふっ、ソースがついていたわ」


 リリアが微笑んで言うと、ジルはふいっと顔を逸らした。


「……ありがと」


 素気なく言ってから、ジルは新たに焼けた串を手に取る。

 そしてリリアに背を向けてもぐもぐし始めた。


 心なしか、先ほどのような勢いはない。


「ジル君?」

「なんでもない」


 そう言って黙々と肉を齧るジルを、リリアは不思議そうに眺める。


(バーベキューの火が熱かったのかな……?)


 ジルの耳たぶの後ろが、仄かに赤みを帯びているのを見て、そんなことを思うリリアであった。

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