第48話 役に立ちたい

「毎度あり! たくさん買ってくれてありがとうよ!」


 上機嫌な声で言うおじさんに、リリアはペコリと頭を下げる。


 バーベキューセットの機材に加え肉代や調味料代でお会計は8万4000マニー。

 なかなか高額な昼食となったが、バーベキューをしたいという願望を満たせるのであれば安いものだった。


「さて、と……」


 バーベキューセットの入った箱に、肉など諸々2キロほど。

 屋敷ではよく重いものを運ばされていたため、持てないことはない。


 ただ、持って帰るにはちょっとした重労働である。


(どこかで荷台でも借りようかしら)


 そう思っていると。


「リリア、僕が持つよ」

「えっ、ちょっと、ジル君!?」


 リリアの声に構わず、ジルが箱と肉を持とうとするも……。


「う……動かない……」


 男の子とはいえ、ジルの貧弱な体では箱はビクともしなかった。


「そりゃそうだろ」


 苦笑を浮かべたおじさんがやってきて、リリアに尋ねた。


「家はこの近くなのか?」

「あっ、はい。歩いて10分くらいです」

「なら、俺が持っていってやるよ」

「えっ、いいんですか!?」

「たくさん買ってくれたからな! サービスだよ、サービス」


 おじさんはニカッと笑った後、箱と肉をひょいっと持ち上げた。

 それを見たジルはガーンとした後、しょんぼりと肩を落として言う。


「ごめん、リリア。役に立たなくて……」

「ううん、気にしないで。手伝ってくれようとしただけでも嬉しいわ」


 ジルの肩を優しく摩って慰める。

 そうすると少しだけ、ジルの顔に笑顔が戻った。


「おい嬢ちゃん、家の方向はどっちだい?」

「あ、とりあえず出て右です! ほらジル君、行こ?」

「うん……」

 

 ジルの手をとってリリアは歩き出す。

 それからすぐ、リリアに聞こえない声量で、ジルはぽつりと呟くのだった。


「……たくさん食べて、もっと大きくならないと……」


◇◇◇


 肉屋のおじさんはとても親切な人だった。


 バーベキューセットを家まで運んでくれただけでなく、組み立てや火おこしもしてくれた上に、肉の調理法まで教えてくれた。


 肉の仕込みなんてやったことのないリリアは大助かりであった。


 肉屋のおじさんが帰った後。

 中庭でバーベキューセットの網を温めている間、キッチンでリリアは肉の仕込みをする。


「一口大に切ったお肉を、塩胡椒で味付けして……」


 ぎこちない手つきで包丁を振るうリリアの元に、ジルがてくてくとやってきて言う。

 

「リリア。僕も、何か手伝うよ」

「ありがとう、ジル君。でも大丈夫よ、ここは私に任せて」


 リリアは準備を一人でこなすつもりだった。

 特に難しい調理工程もないし、外出して帰ってきたばかりで、ジルも疲れているだろうという配慮だった。


 しかし当のジルは、先ほどバーベキューの箱を持てなかった時みたいに肩を落として、ぽつりと言葉を溢す。


「……僕も、何か役に立ちたい」


 ハッと、リリアの包丁を持つ手が止まった。


 自分が良かれと思っていたことが、ジルにとってはそうじゃないとわかった。


 人が働いてくれている時に何もしない、手持ち無沙汰というのもそれはそれで辛いものがある。

 今までずっと働いてばかりだったリリアには、その想像が働かなかった。


 包丁を置いて、ジルに目線を合わせてからリリアは言う。


「ごめんね。ジル君の気持ち、考えられてなかったね……」


 申し訳なさげなリリアに、ジルはぶんぶんと頭を振る。


「僕こそ……ごめん、変な我が儘言って……」


 気まずそうにするジルを前にして、リリアは考える。


(ジル君でもできそうなこと……)


 考えついてから、リリアは笑顔で言った。


「じゃあ、切ったお肉に塩胡椒を揉み込む作業をお願いしようかな?」


 曇り空だったジルの表情に、ぱあっとお日様が灯った。


「うん! わかった、任せて!」


 役割を与えられたジルが、リリアの切った肉をテーブルに持っていく。


 それから椅子に座って、「よいしょ、よいしょ……」と肉に塩胡椒を揉み込み始めた。

 真剣な表情で、一生懸命やってますという思いがひしひしと伝わってくる。


 その所作一つ一つが妙に可愛らしい。


(本当に、良い子だなあ)


 微笑ましげにジルを眺めながら、そう思うリリアであった。

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