第47話 お肉屋さんにて

 リリアはジルを連れて食品店の集うエリアにやってきた。

 パルケの市民が食材を購入する区画とあって、ありとあらゆる商店が立ち並んでいる。


 その中でも一際大きな構えの肉屋にリリアは入店した。


「わっ、美味しそう……!」


 二人を迎えたのは、肉の楽園だった。


 広々とした店内には、牛、豚、鳥、羊など多種多様な肉が美しく陳列されている。

 それぞれの肉は丁寧にカットされたものから、豪快な塊肉までさまざまなサイズが販売されていた。


 業者向けだろうか、天井から吊るされた肉塊が特に印象的だった。

 肉の色は鮮やかで、それぞれが新鮮で質の高いものであることが一目でわかる。


 赤身が多いもの、サシが多いものなどあらゆる肉が揃っていて、見るだけで食欲をそそられた。


「わっ、このお肉美味しそう……やっぱり肉といえば牛よね!」


 サシの少ない、大きな塊肉を前に興奮気味な声を漏らすリリア。


「すみません。このお肉、私とこの子二人だったら、どのくらいで足りると思いますか?」


 大柄な体躯でワイルド感漂う、肉屋のおじさんにリリアは尋ねる。


「君ら二人だったら500グラムくらいで充分足りると思うぜ」

「じゃあ、1000グラムください」

「話聞いてたか、お嬢ちゃん?」

「大丈夫です。私たち、結構食べるので」


 少なくとも人の二、三倍くらいは食べることをここ数日で実感している。


「おう、やるねえ。なら心配ねえな」


 おじさんは豪快に笑いながら牛肉をカットしてくれた。

 他にも豚肉や鶏肉などもカットして貰っていると。


 ぐうう〜〜……。


 ジルが盛大にお腹を鳴らして、リリアはふふっと笑う。


「まだ焼いてもないわよ」

「し、仕方ないじゃん。すごく美味しそうなんだもん……そんなことよりも、リリアのやってみたいことって?」

「ふふふ、それはね……」


 ジルに向き直って、リリアは声高らかに宣言した。


「お肉をたくさん買って、家でバーベキューをしたいの!」

「ばーべきゅー?」


 こてんと、小首を横に倒すジルにリリアは説明する。


「そう、バーベキュー。好きなお肉を好きな味付けで焼いて、好きなだけ食べるの」

「好きなお肉を好きなだけ……」


 聞くだけで、じゅるりと涎が出そうになるジルであった。


 実家にいた時、リンドベル家では定期的に『バーベキュー』と呼ばれるイベントが開催されていた。


 庭に設置されていた、肉焼専門の大きなコンロで肉を焼き、参加者たちに肉を振る舞うのだ。

 父フィリップの道楽だった。


 もちろんリリアの参加は認められず、イベントの準備やお皿出しの手伝いに奔走していた。

 横目で見るバーベキューはとても楽しそうで、肉の良い匂いがいつも漂っていて、胃袋が悲鳴を上げていたことは言うまでもない。


(今の私には、バーベキューが出来る……)


 お金も時間も、庭もある。

 好きな肉を好きなように焼いて食べるのは、リリアのやりたいことであった。


(と言っても、流石にあのバーベキューを庭でやることはできないから、キッチンで焼くことになると思うけど……)


 実家の庭にあったバーベキューセットは、先代当主が屋敷を建設する際に特注オーダーしたものだ。


 一般庶民にバーベキューの文化はなく、肉を焼くとしたらキッチンでフライパンを使って焼くのが普通だろう。


(まあでも、仕方がないか)


 バーベキューという形態そのものに憧れはあったものの、あの設備を作ろうとしたら今では厳しいだろう。


(今日はとりあえず普通に焼いて食べて、後日、バーベキューの設備を買いに行こうかな……)

 

 そんなことを考えていると、肉を袋に包んでくれたおじさんが声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、バーベキューをやりたいのかい?」

「あ、はいっ。でも設備がなくて……」

「設備? そんな大袈裟なものはなくても、バーベキューセットがあれば家で出来るぞ」

「バーベキューセット?」

「なんだお嬢ちゃん、バーベキューセットを知らないのかい? 最近、パルケで大流行りだぞ」

「ご、ごめんなさい。ちょっとわからないですね……最近、パルケに移り住んで来たもので」

「へえ、そうだったのか! なら仕方ねえな。待ってろ、持ってきてやる」

 

 おじさんはそう言った後、両手で持ち上げられるほどのサイズの箱を持ってきた。


「この中に入ってる機材を組み立てれば、家でも簡単にバーベキューが出来るんだ! 組み立て方や火の起こし方の説明書も入ってるし、組み立て自体簡単だからすぐにでもバーベキューが出来るぜ」

「そんな夢のようなものが……!!」


 さすが技術大国パルケ。


 バーベキューが庶民でも気軽に出来る機材も発明されているようだ。

 瞳を星屑のように煌めかせて、リリアは言った。


「これ、買いたいです!」

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