第44話 ジルの大変身

 朝食を摂った後、リリアはジルを引き連れて家を出た。


 リリア自身、生まれてこのかたお店で髪を切ったことが無い。

 実家では自分の髪を一人で切っていた。


 ジルの髪も家で切ろうかと考えたが、男性の髪型のことはわからないし、せっかくお金もあるのでお店で切ってもらおうと思った次第である。


 というわけで髪を切れる場所を街の人に聞いて、理容室なるお店にやってきた。


 理容室は散髪からスタイリングまで全てやって貰えるお店らしい。

 リリアがやってきたお店は、内装の煌びやかさや清潔感を見るに、理容室の中でもかなりハイクラスのお店のようだった。


 カット、シャンプー、スタイリングと、工程ごとに一流のプロがついて最高の仕事を……というのが、店のコンセプトのようだった。


「それでは切っていきますねー」


 白いカットクロスを着せられ、緊張気味なジルがこくこく頷く。

 女性のカット担当さんは手慣れた様子でジルの髪を切っていった。


 背中まで伸びていたジルの長髪が、チョキチョキと小気味良い音と共にどんどん短くなっていく。

 その後、シャンプーやスタイリングをこなしていって。


「お待たせいたしました!」


 待合スペースに戻ってきたジルを前にして、リリアは思わず「わあ……」と声を漏らした。

 目の前には、すっかり別人になったジルが立っていた。


 背中まで伸びていたロングヘアはバッサリと切られているものの、刈り上げほど短くはない。


 ジルのふんわり柔らかい髪質を生かし、全体的に少し長めに切り揃えた、温かみのあるスタイリングに仕上げていた。


 前髪は適度に下ろされていて、襟足からちょこんと覗く耳と首筋があどけなさを漂わせている。


「リリア、凄い! 頭がとっても軽いよ!」


 ジルが両手を広げてくるくると周る。

 少年らしい髪型になった分、活発さがイキイキと伝わってきた。


 そんなジルを、理容師さんが微笑ましそうに眺めている。

 

「それで……ど、どうかな……?」


 頬に薄ら赤を浮かべて尋ねるジルに、リリアは大きく頷く。


「ジル君、いいよ! すごくかっこいい!」


 勢いよくリリアは親指を立てた。


 リリアの予想通り、新しい髪型はジルの着る長袖の白いフリルシャツとバッチリ似合っている。


 ジルの中性的な顔立ちは、すっきり散髪されたことによって驚くほどの美少年へと変貌を遂げていた。


 もう少し年齢を重ねて成人すれば、多くの女性を虜にすることは間違い無いだろう。


「えへへ……」


 リリアに褒められて、ジルが嬉しそうにはにかむ。

 カッコ良さの中に少年らしいあどけなさが相まって、リリアの胸が思わずきゅっと締まった。


(な、なに、さっきの……?)


 初めての感覚に戸惑うリリアを、ジルがじーっと見上げている。

 

「どうしたの?」

「せっかくだしリリアも、切ってみたら?」

「えっ、私も……!?」


 予想外の言葉に思わず声を上げてしまう。

 ジルのカットのことしか考えていなくて、自分のことはすっかり抜け落ちていた。


「うん! リリア、時々髪を邪魔そうにしてたから、切ったほうがいいと思う」

「あれ、私、そんなことしてた……?」


 こくんとジルが頷く。

 自分では気づいてなかったが、確かに随分と長い間切っていなかったため、日常生活の中で億劫になることが増えているかもしれない。


 ジルの言葉を押すように、カット担当さんがにこやかに言う。


「せっかくなので、お客さまもどうぞ。とても美しい髪とお顔をしてらっしゃるので、きっと素晴らしい仕上がりになると思いますよ。さあ、さあっ……」

「えっ、あの……えっと……」


 店員さんの勢いにも押されて、リリアも髪を切る運びとなった。

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