第43話 寝起きのひと騒動

 気がつくとまた、ジルのベッドで寝てしまっていたらしい。


「んぅ……」


 微睡の中から意識が浮上する。

 夢の余韻が残っていないあたり、今日も深い眠りについていたようだ。


「ふぁ……」


 欠伸をしながら瞼を開ける。

 窓から差し込む朝陽と、ジルの寝顔が視界に入ってきた。


 ジルはまだ夢の世界のようで、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てている。


 あまり寝相がよろしくなかったのか、布団も、前をボタンで留めるタイプの寝巻きも剥がれ白肌が顕になっていた。


 微笑ましい気持ちになりつつも、リリアは布団をかけ直してあげようとし……。


「…………」


 ふにっ……と、ジルの頬に人差し指を当てる。

 柔らかくてもちもちした感触が指のお腹から伝わってくる。


「ふふっ……」


 可愛らしくて、思わず笑みが溢れる。


 なんだかクセになる感触に、ふにふにとジルの頬を突いていると。


「ん……」


 ゆっくりと、ジルの瞼が持ち上がった。


「あっ、ごめんねジル君、起こしちゃったね」


 とろんとした寝ぼけ眼がリリアの瞳と交差する。


「おはよう、ジル君」


 リリアが言うと、ジルはパチッと目を見開いた。

 そしてぱちぱちと目を瞬かせた後、わなわなと顔を震わせて。


「な、なんでリリアがここにいるの……!?」


 ジルがバッと毛布を奪い取った。

 それから後退り壁際に背中をつける。


 そしてババッと自分の身体の状態──服がはだけ肌が顕になっていることを確認して、キッとリリアを睨みつけた。


「やっぱり僕をそういう目的で買ったのか!?」


 毛布で自分の身体を守るように隠しながらジルが声を響かせる。

 瞳に敵意を浮かべてガルガルするジルはまるで威嚇する小ライオンのようだ。

 

「えっ、えっ……?」


 突然のジルの行動が理解できず、リリアは表情に混乱と戸惑いを浮かべる。


「そういう目的って……?」


 きょとんと首を傾げてリリアが尋ねると、ジルは表情をハッとさせて。


「そういう目的というのは、その……」


 ゴニョゴニョと言葉にならない声を漏らし、俯くジル。

 頬には、じんわりと朱色が浮かんできている。


 真っ赤にした顔を上げて、リリアに尋ねる。


「……本当に、僕に何もしてないの?」

「う、うん……してないよ? あっ、でも……」


 ジルが身構える。


「ほっぺが柔らかそうで、つい突いちゃった」


 頬を掻きながらリリアが言うと、ジルの身体からへなへなと力が抜ける。


「昨晩のジル君、なんだか魘されてたから、放っておけなくて……」


 落ち着くまで抱き締めて、背中を摩っていた。


「それでそばに居たら、いつの間にか寝ちゃってたみたい。驚かせちゃって、ごめんね」


 ぺこりと頭を下げてリリアは言う。

 するとジルは毛布に包まったまま、ずりずりとリリアのそばまでやってきて。


「僕の方こそごめん……寝ぼけてて、早とちりした……」

「ううん、気にしないで」


 しょんぼりと申し訳なさそうにするジルの頭を、リリアは優しく撫でる。


「とりあえず、朝ごはん食べよっか」


 リリアの提案に、ジルはこくりと頷いた。


「……っと、その前に……ボタン、止めないとね」


 ジルはハッとして背を向け、いそいそと前のボタンを止め始めた。

 そんなジルの背中を見つめながら、リリアは表情に影を落とす。


 ──ジルの一連の反応を見て、何も察さないリリアではなかった。


(奴隷には様々な用途がある……その中でも、ジル君はたぶん……)


 言葉にするのも悍ましいと、リリアは振る。

 なぜジルの髪の毛があそこまで伸ばしっぱだったのか、ようやく理解した。


(ご飯を食べたら、すぐに髪を切りに行こう……)


 拳を固く握るリリアであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る