第35話 騎士ジェラルド
リリアとジルが、一緒にすやすやと夢の世界を旅している頃。
パルケアの繁華街から少し外れた高級住宅街エリアの、とある屋敷。
「本当に、何度も調べたのか?」
落ち着いた内装の執務室に男の声が響き渡る。
年齢は20代半ばほど。
彫りの深い精悍な顔立ちは恐ろしく整っており、頬の上にある斬り傷の跡が特徴的だ。
射殺すように強い眼力は、数々の修羅場を乗り越えてきた証でもあった。
日頃の鍛錬のお陰で鍛え抜かれた体躯は引き締まっておりながらも大柄で、普段着のカーディガンとネクタイの上からも筋肉の凹凸が窺えた。
「はい、一通り調べまして。ジェラルド様が仰る特徴の貴族令嬢は、国内には該当しなさそうです」
男の部下が淡々と報告をしている。
「ということは、一般人か」
「もしくは、海外からの旅行者か」
部下の報告に、男──パルケア軍第一騎士団に所属する騎士、ジェラルドはどこか落胆げに息を吐いた。
ジェラルドは日々の訓練の傍ら、ある一人の女性を探していた。
三日前。
とある高級レストランで出会った、赤髪をした小柄の女性である。
騎士爵を持ち、代々優秀な騎士を輩出してきたソルドラ家に生まれたジェラルド。
ソルドラ家の騎士家系としての礎を築いてきた先祖の血を受け継いだジェラルドも、その類稀な剣の才を若くして発揮した。
騎士学校を首席で卒業し、誉れある第一騎士団に入団するというエリート街道をひた走っていたジェラルドには、酒に弱いという弱点があった。
先日新しく着任してきた上司がそれを知らず、とある祝いの場でジェラルドにお酒をパカパカと飲ませてしまう。
結果、見事に酔いが回って気持ち悪くなったジェラルドはテラスで体力の回復に注力しようとする。
しかし、外からの攻撃は防げる百戦錬磨の騎士も内側からの攻撃に耐えきれず、グロッキーになって動けなくなってしまった。
頭がぐわんぐわんして、吐き気があるのに吐けないという地獄のような状態に陥っていた時、救世主に出会った。
──だ、大丈夫ですか!?
蹲っている自分の元に駆けつけ、介抱してくれた。
それが、例の赤髪の少女だった。
「クリスは、彼女の素性についてどう思う?」
「そうですね……」
ジェラルドが信頼を厚くしている部下クリスは、うーんと顎に手を添えてから進言する。
「貴族令嬢の線は無いでしょう。繰り返しになりますが、国中の同じくらいの年齢層の令嬢を調べましたが、浮上してきません。それに……」
ふっ……と小さな笑みを浮かべてクリスは続ける。
「初対面で見ず知らずの酔っ払いの喉に指を突っ込んで吐かせる令嬢なんて、聞いたことがありませんよ」
「……うっ」
思い出したくないことを思い出し、ジェラルドは詰まったような声を漏らした。
うら若き女性に指を喉に突っ込まれ介抱されるなんて、騎士としては一生の恥どころではない話だ。
しかしお陰でだいぶ楽になって助かったことも事実。
あの時はあまりにも予想外の展開に驚愕したものだが、結果的にあれは彼女の優しく、思い切りが良い性格から来る行動であったとわかる。
クリスが話を続ける。
「一般人ではあると思うのですが、属性が不明ですね。そもそも、一人であの店に夕食をする時点で、ちょっと不思議ですし……」
「それもそうだよな」
レストランの従業員に聞いた情報によると、彼女の年齢は(自称)16歳で、一人で来て食事を摂っていたらしい。
庶民が来るには高く、ましてやお祝い事やデートなどで使うようなレストランでひとりぽつんと来店する理由もわからず不思議だった。
……まさか彼女が隣国の伯爵令嬢で、死に戻り100億マニーを獲得し、フラニア共和国に逃亡。虚無な毎日に痺れを切らし、高級レストランに背伸びして食べに来ていた、なんて想像出来るはずもなかった。
なんにせよ、これ以上部下と時間を取るのも悪いと、ジェラルドはクリスに言う。
「調べてくれてありがとう、クリス。あとは俺の方で調べる。もし、クリスの方で何かわかったら知らせてくれ」
「もちろんです」
クリスが退室した後、ジェラルドは椅子に背中を預け呟く。
「一体、どこにいるのだろうか……」
なんとしてでも再会を果たしたいと、ジェラルドは思った。
誠実で生真面目、そして義理を大事にするジェラルドは助けてくれた彼女に感謝を伝えたいと思っていた。
……自分の吐瀉物で汚してしまったドレスの件についても誠心誠意謝罪し、賠償金も支払いたいという強い気持ちもあった。
あの夜のことを思い出して、ジェラルドは思う。
──とても、美しい女性だった。
目が合うと、思わずハッとするような美貌を持つ少女だった。
失礼ながら少々痩せすぎではという感想を抱いたが、お世辞を抜きにして、貴族の中でもあれほどの容貌を持つ令嬢はいないとジェラルドは思っていた。
心優しく、美しく、胆力もある。
ジェラルド自身、騎士であるということもあり、あのような強い行動を見せた少女に強い興味を抱いた。
剣一筋で女気などこちらから遮断していたジェラルドだったが、彼女のことを思い出すと、今まで抱いたことのない感情が胸に存在していることを自覚する。
きちんとお礼をしたいという気持ちとは別に、個人的な感情でまた会いたいという下心があるのは否定できなかった。
「……と言っても、見つからないことには何も始まらないんだがな……」
自嘲気味にジェラルドは笑う。
そして、こめかみを抑えて考えた。
(何か忘れてないか、何か彼女に繋がるような手がかりは……)
大量に飲酒をしていたせいもあって、かなり断片的になってしまった記憶の糸を必死で手繰り寄せていると……。
「待てよ……」
ふと、ジェラルドの脳裏がきらりと光った。
(彼女が付けていたブレスレットのブランド、どこかで……)
二人の姉と、二人の妹を持つジェルドの頭の中には、ある程度ブランドに関する知識がある。
うんうんと唸った後、ジェラルドはハッと目を見開いた。
「そうだ、あのブレスレットは確か……」
不意に、手がかりの光が差し込んだ。
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