第33話 お風呂での一幕

 よっぽどお腹が空いていたのか、少女は残りの野菜スープを全部平らげてしまった。


「ご馳走さま、でした……」


 目を真っ赤に腫らした少女が小さく呟く。


「お腹いっぱい?」


 リリアが尋ねると、こくりと頷く少女。

 人目を憚らず泣いてしまったのが恥ずかしいのか、どこか気まずそうだ。


「良かった! それじゃ、お風呂に入りましょうか」


 にっこりと笑ってリリアは言う。


「おふ、ろ……?」


 きょとんと、少女は首を傾げた。


◇◇◇

 

 お風呂という存在自体、少女にとって初聞きだったらしい。


 あれよあれよの間に服を脱がされ、タオルを身体に巻かれ呆然とする少女を、リリアはバスルームへ連れて来た。


 この家のバスルームは広く、洗い場のスペースだけでちょっとした広さがある。

 バスタブも大人がゆうに二人入れるほど広く、蛇口を捻れば温かいお湯が出てくる最新式の機能を装備していた。


少女が食事を摂っている間に、リリアはバスタブにお湯を溜めて置いた。

ほかほかと湯気立つバスルームに二人降り立つ。


「お風呂に入る前に、一旦体を綺麗にしよっか」


 椅子に座って身体を丸めている少女の後ろに、リリアが膝を床につけて立つ。


「シャンプーが目に入るといけないから、目瞑っててね」


 リリアが言うと、少女はぎゅっと目を瞑った。

 髪を軽くお湯で濡らした後、シャンプーをつけてわしゃわしゃと少女の髪を洗う。


(妹がいたらこんな感じなのかな……ふふっ、ちょっと楽しいかも……)


 微笑ましい気持ちになりながら、丁寧に少女の髪を洗っていると、ある事に気づいた。


 髪を擦っていくうちに、茶色い髪が金色へと変化していたのだ。


「あれ、これって……」


 おそらく、髪の茶色は汚れと燻みのせいだったのだろう。


 時間をかけて洗い終わると、そこには茶髪の少女はおらず、綺麗なブロンドの髪をした少女が誕生していた。


「綺麗……」


 思わず呟くリリアに、少女は恥ずかしそうに「うぅ……」と縮こまっている。


 絹のような輝きを放つその髪に、リリアは思わず見惚れてしまっていた。


(はっ、いけないいけない。早く洗ってあげないと、風邪をひいてしまうわ)


「次に身体を綺麗にしようね」


 そう言って、リリアはバスタオルに手をかけた。

 そこで少女がハッとして、バスタオルに包まれた身体を抱き締める。


「どうしたの? バスタオル越しじゃ、身体を洗えないから、ほら」


 ぶんぶんっ!!

 少女が頭を勢いよく横に振る。


「やっ、やめっ……」

「ほら、暴れないの」


 じたばたと抵抗する少女をリリアは押さえつける。


 リリアも小柄とは言え、少女の方がもっと線が細い。

 年齢差もあり、少女はリリアの力に抗えない。


「ほ〜ら、同じ女の子なんだから、恥ずかしがらない」


 しょうがないなあ、と言わんばかりに、リリアはバスタオルを引き剥がそうとして……。


「ちがっ……僕はっ……」

(……僕?)


 ぴたりと、リリアの動きが止まる。

 思わず、リリアは少女の胸部に手を当てた。


「ひゃっ!?」


 少女(?)の短い悲鳴があがるのも構わず、ペタペタと手を這わせて、驚愕した。


(無い……)


 女の子にあるはずの胸の膨らみが、なかった。


「いい加減にっ……」


 そう言って少女が立ち上がる。

 その拍子に、水気を帯びた床のせいでつるんっと少女が滑った。


「危ない!」


 慌ててリリアが少女を支えようとした時──女の子に無いはずのモノの感触が、リリアの手に触れた。


「〜〜〜〜〜〜!?!!?!?!?!?」


 言葉にならない悲鳴を上げる少女。

 バスタオルを巻いたまま、少女(?)はバッとリリアと距離を取った。


 涙目になって「ふーっ……ふーっ……」と息を荒くする様はまるで、威嚇する子猫のよう。


「まさか、貴方……」


 わなわなと震える声で、リリアは尋ねる。


「男の、子……?」


 ぶんっ、と少女──改め少年が、抗議めいた目で勢いよく頷く。


「えええぇぇええぇぇえええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?」


 リリアの叫び声が、バスルームに響いた。

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