第25話 何やってるんだろ

「……足りない」


 コースもあとはデザートが出てくるばかりとなった時、リリアはしょんぼり顔で呟いた。


 コース料理は全部で8品ほどあった気がするが、どれもお皿が大きい割に量が少なく、とてもじゃないがお腹が満たされるものではなかった。

 

 加えてどれも芸術品を食べているような心地にさせられて、『なんだろこれ……』と思っている間に飲み込んでしまった。


 唯一味がわかったのはメインで出てきた牛フィレ肉のロッシーニ的な何か。


 それも感想は「あ、美味しい牛肉だ……」とシェフが聞いたら引っ叩かれそうなものである。


 最近はまともな物を食べるようになったとは言え、元々カビパンや腐ったスープを食べていたリリアの舌が、高級レストランのディナーの味を理解できるはずもない。


(これで一人5万マニーは……正直、うーん……)


 そもそもの話、このような高級店でボリュームを求めるのがそもそも間違っているのだろうが、だとしてもリリアには足りなさすぎた。


 なんとも言えない気持ちになっている間に、最後のデザートがやってきた。


 デザートもひと工夫もふた工夫もされた彫刻細工のような見た目だったが、ベースがガトーショコラだったため、これは美味しく食べられそうだ。


「おいし……」


 ガトーショコラを突き、もう何杯目かわからないワインをあおるリリア。


 お酒は初めてだったが、これは良いかもしれないと思った。


 飲んでいると、ぽわぽわして、芯が温まるような感覚が身体を包む。

 この感覚は新鮮で、ちょっと楽しかった。


 グラスに口をつけながらふと、リリアは店内を見回す。


 どのテーブルもカップルか、家族連れか、友人の集まりのようだった。

 皆それぞれ会話に花を咲かせ、時折笑顔がはじけている。


 楽しそうで、幸せそうで、リリアの胸がちくりと痛んだ。


 ぐいっと、ワインを一気に煽る。


(私、何やってるんだろ……)


 見る限り、数いるお客の中で一人なのは自分だけだった。

 

 豪華なドレスを着て、一人で高級レストランでコースディナーを食べている。

 

 その事実に、なんとも言えない虚しさを感じていた。


 自分の居場所はここじゃない。

 そんな、自己否定めいた思考が湧いてきて、胸に黒い雲がかかった。


 今すぐここから帰りたい気持ちが湧きあがったが、まだ食後の紅茶が待っている。


 加えてワインを何倍も飲んだせいか、少し気分が悪くなってきた。

 思わずリリアは立ち上がって、ウェイターに言った。


「すみません、少し休憩できるところとか、あったりしますか?」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 ウェイターの案内で、リリアはテラスにやってきた。 

 レストランのテラスは広々としていて、心地の良い風がふわりと吹いている。


 温かい季節ではここでも食事が摂れるのか、木製の机や椅子がいくつも設置されていた。


 3階テラスから望むパルケアの街並みをぼうっと見ながら、リリアは呟く。


「一人なんだなあ、私……」


 パルケアの街並みの光ひとつ一つにはたくさんの家庭があって、誰かが誰かと暮らしている。


 そんな中、自分はたった一人。


 遠い異国の地から、お金だけ持って逃げてきた。

 家族も、友達も、誰もいない。


 それを自覚した途端、暗闇に引き摺り込まれるような孤独が心に広がった。

 本来であれば肌寒いくらいの10月の風が、凍えるように冷たい。


 思わず、リリアは自分の身体を抱き締めた。


 その時。

 

「うぅ……」


 急に、自分以外の声がしてびくうっとリリアは肩を震わせる。


 声のした方を見ると……テラスの隅っこで、男が座り込み苦悶の表情を浮かべていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 思わずリリアは駆け寄って、声をかけた。

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