第24話 高級レストランにて

 買ったばかりのドレスを着て、繁華街の中心にあるいかにも高級レストランにリリアはやってきた。


 3階にあるレストランの重厚な扉をくぐるなり、リリアは異世界に来たような気持ちになる。


 床には豪華な赤のカーペットが敷かれ、煌びやかな装飾で彩られた壁が高級感を醸し出している。

 間接照明によって落ち着いたムードを保ちながらも、贅を尽くした内装が眩しいほど輝いていた。


 高級レストランとだけあって、客層は美男美女、著名人や社交界のセレブらしき人々が会話や笑い声を交わしている。


 あちらこちらで、淡い香りの高級シガーや香水の香りが漂っていた。


「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」

「あっ、はいっ……」

「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」


 圧倒的な場違い感で小さくなっていたリリアを、ウェイターがテキパキと大きなテーブル席へ案内してくれる。

 

 白いクロスがかけられた4人くらい座れそうなテーブルで、いつも使ってる大衆レストランとは明らかに違う待遇だった。


 料理はアラカルトではなく5万マニーのコース一択ということで、自動的にそれになった。


(5万マニー……クロワッサン170個分……)


 なんてことを考えながら戦慄しているリリアに、ウェイターがメニューを持ってくる。


「お飲み物はいかがいたしましょうか?」


 やけに大きなドリンクのメニュー表をリリアはまじまじと見つめる。


(な、何書いてるか全然わからない……!!)


 細々と色々と書いているが、どれも聞いたことのない単語だ。


 一度見たものを忘れない能力を持っていることを考えると、生涯で一度も見た事がない単語なのだろう。


 唯一わかるのはソフトドリンクの欄の水やコーヒーくらいだった。


(でも、せっかく良いお店に来たんだし……)


 意を決して、リリアはウェイターに尋ねる。


「な、何か……おすすめのやつはございますか?」

「当店のおすすめは120種類ほど取り揃えたワインになります。失礼ながら、お客様は成人されておりますでしょうか?」

「あ、はい。16になります」


 成人しているものの、お酒なんて嗜好品を飲ませてもらったことは一度もない。


 物は試しだと、お酒に挑戦してみようと思った。


「でしたら大丈夫ですね。赤が好き、白が好き、甘め辛めがどちらが好きなどはございますでしょうか?」

「えっと……じゃあ赤で、甘めだと嬉しいかもです」


 赤のほうがブドウっぽくて甘そう、という短絡的な理由で赤にしたリリアであった。


「赤で甘めですと……ドイルン帝国産のフェルデルナーなどいかがでしょうか? チェリーやカシス系の味をベースに、軽くて柔らかな果実感が特徴のワインでございます」

「あ、じゃあそれで……」

「かしこまりました。グラスですか、ボトルですか?」

「えーーーっと……ボトルですと多いですよね?」

「お客さま一人だと……そうですね、よほど強い方じゃなければ、グラスがよろしいかと思います」

「そうですよね、グラスでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちを」


 深々と頭を下げて、ウェイターは立ち去っていった。


「な、なかなか緊張するわ……」


 飲み物ひとつ頼むだけでもこんなに情報量があるのかと、リリアは椅子から滑り落ちそうになる。


 こんな格式ばった店に来るのは初めてだし、何より自分という存在の場違い感で申し訳ない気持ちになった。


 肩書きだけ見ると、リリアは伯爵家の令嬢でこの場にふさわしい人間なのかも知れない。

 しかし実際の境遇は、貴族令嬢と正反対の生活を送ってきている。


 困窮マインドが板についているリリアにとっては、非常に居心地の悪い空間だった。


 まだ料理は一品も来ていないのに、随分と消耗していた。


(いけない、いけない。せっかく来たんだから、楽しまないと)


 ぺちぺちと頬を叩いて、リリアは意気込んだ。


 ほどなくして、ウェイターがグラスと赤ワインのボトルを持ってやってきた。

 

(あれ……ボトルで頼んだっけ?)


 そう思っていると、ウェイターは目の前でグラスにワインを注いでくれた。


 最後、飲み口を綺麗なナプキンで拭き取る仕草まで洗練された動作で美しい。


「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイターが立ち去ったあと、リリアは恐る恐る人生初めてのお酒を口にした。


「甘い……」


 口の中に瑞々しいチェリーやカシスの果実の味が広がる。

 その奥にほのかな渋みを感じた。


 少々ツンとした刺激と共にスッと鼻腔をすり抜けるフルーティな風味が、味わいを一層豊かにする。


「これが、お酒の味……」


 何やら大人の階段を登ったような、妙な充実感を覚えていると。


「お待たせいたしました」


 ウェイターが大きな皿を持ってやってきた。


「こちら、前菜のブルニュ産の帆立貝と黒トリュフのムース、オレンジのジュレ添えでございます。この帆立貝は、ブルーニュの冷たい海で育てられ、甘味と柔らかな食感が特徴です。それを黒トリュフのムースと合わせることで、豊かな香りと上品な風味が生まれております。そして……」


 ウェイターが何やら丁寧に説明しているが、リリアはそれどころじゃなかった。


(ちっちゃい……)


 前菜を見てリリアが見た印象はそれだった。

 大きな皿の割に料理は小さく、一口でおしまいくらいのボリュームだ。


「それでは、ごゆっくりご賞味ください」

 

 ウェイターが立ち去ったあと、とりあえず前菜を口に運ぶ。

 やっぱり、一口サイズだった。


「美味しい……」


 確かに美味しい。

 だけど。


(あ、味が全然わからない……!!)


 今まで食べたことのない味すぎて判断に困る、というのが正直なところだった。


 色々な味が混ざり合って、複雑で、なんだろうと考えている間に無くなってしまう。


 すると見計らったかのように、二品目の料理もやってきた。


「こちら、海の幸のクリームブリュレでございます。オマール海老、サーモン、鮑など様々な海の幸を濃厚なクリームで固めております。表面はサクッと焼き上げ、上にはキャビアと金箔をトッピングし……」

(また、ちっちゃい……)


 ウェイターが説明している間、リリアはまたしょんぼりした。

 

 説明を終えてウェイターが去ったあと。


「これも経験、これも経験……」


 呟きながら、リリアは二品目に手を伸ばすのだった。

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