第22話 高価なお買い物
「さあさあ、いかがでしょうか! こちらのペンダントにあしらわれているブルーパーズ、エルディア地方でしか採れない希少な鉱石を削ったものです。光に当たると美しい青のグラデーションを放ち、極上の幸運を呼ぶと言われています。通常価格は300万マニーとお高いのですが、今ならなんと250万マニー! とってもお得でしょう!」
家から歩いて20分ほどのところにあった、いかにも高級店そうな外観のジュエリーショップ。
いるだけで目がチカチカしそうなお店で、リリアは盛大なセールストークを浴びせられていた。
「ささっ、どうぞお客さま、実際におつけになってください!」
「は、はいっ、ありがとうございますっ……」
こういった敷居の高いお店は初めてで、完全に空気に飲まれたリリアは促されるままペンダントを首にかけた。
「わあ……」
高いペンダントをつけた自分の姿を鏡で目にして、リリアは思わず声を漏らす。
お店の照明の下で青のグラデーションを纏ったブルーパーズのペンダント。
ジュエリーショップに行くということでちょっとだけお洒落をした衣装にピリッとアクセントをもたらし、まるで魔法にかかったかのような幻想的な輝きを放っていた。
「とってもお似合いでございますよ」
(確かに綺麗……それに、テンションも上がる気がする……けど……)
小さくため息をつく。
(250万、マニーか……わかってはいたけど、ブランド物のアクセサリーはやっぱり高いわね……)
毎月マリンやナタリーが貴金属類を湯水のように購入していたのもあって、大体の相場は把握している。
もちろん払えない金額ではない。
リュックの中には先ほど銀行でおろした3000万マニーが入っているし、銀行にはまだ87億マニーほどの残高がある。
(改めて考えると、桁がおかしいわね……)
なんにせよ、リリアの現在の全財産からすると微々たる物だ。
(けど……そのお金があったら、もっと美味しいものとか食べたいなって、思っちゃうな……)
「せっかくお薦めいただいたのですが、すみません。もうちょっと、お手頃な価格のものとかあれば、嬉しいのですが……」
ここまできて何も買わないのも良く無いなと思ってリリアは他のお勧めを尋ねる。
「いえいえお気になさらず! では、こちらはいかがでしょうか?」
価格を理由に購入を断念するお客は慣れているのか、店員さんは嫌な顔ひとつせずに次のおすすめをし始めた。
◇◇◇
「か、買っちゃった……」
ジュエリーショップを出た後、リリアは僅かに声を震わせながら言った。
結局リリアは、小さなブルーパーズのかけらがあしらわれたブレスレットを購入した。
空に手をかかげると、陽光に反射してブルーパーズがきらりと光る。
ペンダントと比べて宝石は小さく主張は少なめだが、リリアからするとちょうどこのくらいがちょうど良かった。
価格は10万マニー。
お店のラインナップの中ではかなり安い方だが、それでもリリアの体感としてはとても高い買い物だ。
「10万マニー……クロワッサン300個分くらい……って、こういうこと考えちゃ駄目よ」
ぶんぶんとリリアは頭を振る。
高価な物を自分の意志で買おうと決めて買ったのだ。
購入した後に後ろめたさを感じるのはよくないと、頭を切り替える。
「さて、次は……」
リリアの足はドレスショップへと向かった。
散歩中に見つけた、ハイグレードのドレスを扱うお店だった。
実はドレスを着ることに、リリアのちょっとした憧れがあった。
いつもボロ切れを着ている自分とは対照的に、煌びやかなドレスを身に纏うマリンの姿を見るたびに密かな羨望を抱いていたのだ。
もちろん、そんな憧れを言おうものならバケツに入った冷たい水を浴びせられかねないので、口が裂けても言わなかったが。
「わあっ……」
入店するなり飛び込んできた光景に、リリアは感嘆の声を漏らした。
壁から壁まで陳列された色とりどりのドレス。
淡いピンクから深いルビーの赤、鮮やかなエメラルドグリーンなど、ありとあらゆるカラーがあった。
それぞれドレスは独特のデザインや装飾が施され、一着一着がまるで芸術品のよう。
シャンデリアからの柔らかな光が、ドレスのビーズやラインストーンに反射して煌びやかな光を放っていた。
御伽の国から出てきたような店内に、リリアは胸が弾んだ。
「いらっしゃいませ。あら、素敵なブレスレットをしておられますね」
ドレスショップに入るなり、小綺麗な格好をした女性店員の視線はリリアの手首に注がれた。
「あ、ありがとうございますっ……先ほど、買ったばかりでして」
「ブルーパーズのブレスレットですね! 最近のトレンドみたいで、人気ですよね」
「流石ですね……」
買ったばかりのブレスレットを褒められて、リリアは嬉しい気持ちになる。
また、見た目だけでなんの宝石かを当てる店員さんの鑑定眼にも驚いた。
(流石、お高めのお店は店員さんも鋭いわ……)
そんなことを考えるリリアに、店員さんが尋ねる。
「何用のドレスをご所望でしょうか? フォーマル用か、それとも普段使いか……」
「えっと……」
ドレスにそれぞれ用途があることを、リリアは初めて知った。
「その……お恥ずかしながら、ドレスを買うのは初めてでして、とりあえず、フォーマル用? でお願いします」
フォーマルは、格式の高い場などを意味する言葉だ。
普段使いの服は買い揃えているので、(万が一)何かしらの夜会や祝いの場に出ることになった際、着ていくドレスを買うことにした。
「かしこまりました。それでは採寸しますので、こちらの部屋へどうぞ」
店員さんに案内されて、リリアはまず採寸をすることにした。
「お客さま、とてもスタイルがよろしいですね……とんでもない努力の賜物です、同じ女として尊敬いたします」
採寸中、リリアは店員さんにそう褒められた。
「アハハ……ソレホドデモ……」
店員さんから注がれる羨望の眼差しに、リリアは乾いた声で返す。
まさか常日頃からロクな物を食べさせて貰えなかったからガリガリなんです、とは言えなかった。
ここ数日、連日好きなものを好きなだけ食べているおかげで少しだけ肉付き良くなっているが、まだまだ体格的には痩せすぎである。
(そういえば、お医者さんも急激な減量で運ばれてくる人がいるって、言ってたわね……)
何日か過ごしてわかったが、パルケアは異様に食文化が発達している。
経済発展を遂げた首都ということもあり、道を歩けば世界中の料理を堪能する事が出来るのだ。
そのせいか、街中ではふくよかな人がちらほら歩いている。
裕福であるが故に高カロリー食品の摂取が容易になった街においては、しっかりと自己管理をして細い身体を維持している方がステータスになるのかもしれない。
採寸が終わった後、店員さんのお任せでリリアはドレスを見繕ってもらった。
「まあっ、よくお似合いです、お客さま!」
「わっ……」
姿見に移る自分の姿を見て、リリアは声を上げた。
店員さんが見繕ってくれたのは、深い赤色のドレス。
この色は、リリアの赤い髪をより鮮やかに引き立てていた。
リリアの小柄な身体に合わせたデザインは、ウエスト部分がしっかりと絞り込まれスカート部分は広がりすぎず動きやすそう。
肩の部分は軽く透ける素材で優雅さを感じさせる一方、派手すぎない落ち着きも持ち合わせていた。
装飾は全体的に落ち着いていて、フォーマルな場面でも悪目立ちしなさそうだ。
(なんだか、服に着られてるみたい……)
こんな豪華ドレスを着る機会なんて皆無で、似合っているかどうかの判断が難しいというのが本音のところだった。
そう思いつつも、このドレスのデザインは可愛らしいと思った。
「お客さま、細身ですし、とてもお顔が整ってらっしゃるので、本当によく似合っております……」
リリアの姿をまじまじと見て、店員さんが言う。
生まれてこのかた容姿を誉められたことなど一度もないリリアは店員さんの言葉をお世辞と受け取ったが、褒められて悪い気はしなかった。
むしろ嬉しかった、お世辞でも。
「ありがとうございます……」
思わず、リリアはお礼を口にした。
店員さんの評価も後押しして、リリアは腹を決めた。
「これは、おいくらでしょう?」
「こちら、込み込みで100万マニーになります」
(クロワッサン3000個分……!!)
また眩暈がして倒れそうになった。
3日前、近所の服屋さんで普段着を纏めて購入した時の合計額の軽く数十倍だ。
(でも、さっきのペンダントの値段と比べたら、お得……かも?)
今日、接する商品の額の桁がおかしすぎて、段々と感覚が麻痺してきている。
だがそれを差し置いても、『高い物を買ってみる!』という当初の自分の決定に嘘はつきたくないと、リリアは腹を決めた。
「じゃ、じゃあ、これください……」
「お買い上げありがとうございます!」
こうして、リリアは人生初となる豪華なドレスを購入したのだった。
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