第21話 虚無
フラニア共和国の首都パルケアは、今日も今日とて雲一つない快晴であった。
首都中央を流れる大きな川には色とりどりのゴンドラが並び、岸辺でさすらいの音楽家が弾く音色と笑い声が響き合う。
通りの屋台では新鮮な魚や果物が売られ、店主の威勢の良い声とお客さんの談笑が弾けている。
水辺で遊ぶ子供たち、穏やかなひとときを過ごすカップル。
パルケア市民たちの営みが織り成す美しい風景は、まるで絵画のようだった。
そんな中、リリアは。
「……虚無だわ」
目が死んでいた。
新居のリビングに設置した特大ソファの上で、リリアは虚な目を天井に向けて口から魂が溢れそうになっていた。
新居を確保して三日。
その間のリリアの生活は、堕落の極みと言っても過言ではない。
「怠惰……あまりにも怠惰過ぎる……」
ごろんっとうつ伏せになって、クッションをばんっ、ばんっと叩く。
人はここまで堕ちる事ができるのかと、リリアは戦慄していた。
思い描いていた悠々自適生活とは、あまりにも現状はかけ離れていた。
新居の模様替えや日用品の購入は、異様に要領の良いリリアがテキパキと動いたこともあって一日で終わってしまった。
おかげで新居はちょっとした小物がいくつも飾られ、より住み良い環境になっている。
しかしそこから、リリアは腑抜けてしまった。
抑圧された生活から解放され、お金も居住地も手に入れた。
その途端に、動く気力が綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
燃え尽き症候群と言っても良いかもしれない。
寝たい時に寝て、起きて、食べたい時に食べて、お風呂に入りたい時に入って、だらだらと一日を過ごした。
他にやったことといえば近所をふらふら散歩したり、河岸に座り込んでなんとなく水切りしてみたり、公園で行列を作っていた蟻の数を数えてみたり……それくらいだ。
見事なまでに、リリアはだらけ切っていた。
「なんか……空っぽになった気分……」
実家にいた頃は何かしらやることがあった。
自分の意志と関係なく、雑用や事務仕事をする事がリリアの全てだった。
それがごっそり抜け落ちた途端、リリアの自我は虚空を彷徨うこととなった。
「いや、もともと自我なんて無かったのかも……」
自分は何をしたいのか。
何をすれば幸せなのか。
全くわからない。
考えるだけで暗闇に引き摺られてしまいそうな恐怖を覚える。
「なんとなく、こうなる予感はしてたけど……」
新居を構えた後、自分はやる事がなくて腐ってしまうのではないかと。
だがここまでとは思わなかった。
じっと俯せでいると、ソファと自分の体が同化して消えて無くなってしまいそうな気がしてきて……。
「このままじゃいけないわ!」
ガバッとリリアは起き上がる。
ずっとこんな生活を送っていたら腐ってしまう。
変化のない日々はあっという間に過ぎていって、気づいたら墓の下だ。
何か行動を起こさないといけないと、リリアは思った。
「趣味とか、有意義な時間を過ごせることとか見つけないと……」
自分はダラダラ日々を過ごすには向いていない性格をしている。
それがわかっただけでも儲け物だと思うことにした。
「とりあえず、せっかくお金はあるんだし……」
ふとリリアは、実家でマリンやナタリーが豪華な宝石やドレスなどを買ってご満悦だったことを思い出す。
「よし……」
新調した大きめのリュックを背負って、リリアは街に出かけることにした。
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