第20話 その頃、実家では

 リリアが新居を確保し、こもれびベーカリーでクロワッサンを頬張っている頃。


「リリアはまだ見つからないの!?」


 ハールア王国の首都、マニル。

 リンドベル伯爵家の屋敷で、リリアの妹マリンの甲高い怒号が鳴り響いていた。


「た、大変申し訳ございません……!! 只今、使用人総出で捜索に当たっているのですが、足取は未だ掴めずでして……」


 家政婦長セシルはガタガタと震えながら言葉を口にすると。


「ほんっと使えないわね!!」


 ソファにふんぞりかえるマリンが、セシルにまだ中身の入ったグラスを投げつけた。

 グラスは勢いよくセシルのこめかみに当たった後、床で音を立ててバラバラになる。

 

「だいたい! リリアに茶菓子を買いに行かせたのは貴方でしょう!? 貴方がその時にお姉さまの異変に気づいていれば、こんなことにはならなかったのよ!? その辺ちゃんとわかってる!?」

「申し訳ございません、申し訳ございません……返す言葉もございません……」


 顔や服をジュースでびしょ濡れにして、セシルはただ頭を下げるしかない。


 その間に、入り口に控えていたメイドがそそくさとグラスを片付ける。

 すぐさま片付けなければ、更なる罵倒が待っているだろうから。


 ──姉、リリアが失踪してすでに三日が経とうとしている。


 三日前、セシルがリリアにお茶菓子を買いに行かせた。

 その時のリリアが最後の姿だった。


 リリアの失踪後、マリンの母ナタリーがすぐさまリリアの捜索命令を出した。

 捜索する人員は屋敷内の使用人に絞られた。


 実の娘が失踪、それも平民の血が入った不貞の子となると外聞が非常に悪い。

 そのためなるべく家内だけで事を処理しようとしていたものの、リリアの足取りは一向に掴めていなかった。


「もっと隅々まで! くまなく探しなさい! 見つかりさえすれば、生きてても死んでてもいいわ! お金は少ししか持っていないのでしょう? 汽車や馬車で遠くに行けるともたかが知れているわ! 絶対にまだマニルにいるはずよ!」

「は、はい……!! かしこまりました……!!」


 深々と頭を下げて、セシルは慌てて退室して行った。

 

「ああ……まずいわね……」


 一人残されてから、マリンは苛立ちを浮かべた表情で頭を抱えた。


 リリアの失踪。


 それは、マリンの考えていた計画が進行しないことを意味していた。


「あと少しで、テオドール様と一緒になれたのに……」


 心底悔しそうに、マリンは呟く。


 名門と名高いアークレイ侯爵家の令息テオドール。

 彼と恋に落ちて、一生を添い遂げるものだとマリンは信じて疑わなかった。


 しかしアークレイ侯爵家の当主は血統を重んじる主義で、平民の、しかも娼婦の血が入ったリリアが身内になるなどと頑として許さなかった。


 そこでマリンは、リリアを亡き者にすることで婚約を実現させようと考える。

 リリアが死んでしまえば、アークレイ侯爵もテオドールとの婚約を許してくれる。


 両親、そしてテオドールとも共謀し、リリアに冤罪を着せて死刑にしてしまおうという計画を密かに目論んでいた。


 そしてその計画は、後少しで実行される予定だった。


 それなのに……。


「一体どこにいるのよ……お姉様……!!」


 何か事件に巻き込まれたのか、それとも自分の意志で逃げ出したのか。


 どちらにせよ、リリアがいなければ計画が始まらない。

 リリアの生存の確率が少しでもある状態だと、あの厳格な侯爵家の当主はテオドールとの婚約を許可してくれないだろう。


 それはマリンにとって最悪な事態だった。


 イライラで髪を掻きむしっていると、ノックの音が部屋に響いた。

 父フィリップが入室してくる。


「マリン、リリアは見つかりそうか?」


 フィリップはどこか不安げな表情だった。

 不貞の一件のせいで、家内でのフィリップの実権は皆無と言っていい。

 

 今回、リリアの捜索を主導しているのも母ナタリーだ。

 それ故、こうしてリリアの捜索状況をマリンに尋ねてきたのだろう。


「リリアが見つからなかったら、計画が……」

「心配しないでください、お父様」


 気丈に笑って、マリンは言う。


「今、お母様ともども総力を挙げて探しております。そう遠くないうちに、リリアは見つかるでしょう」

「そ、そうか……それなら、良いのだが」

 

 マリンの言葉に、フィリップは微かに安堵を浮かべた。


 今回の計画の成功は、フィリップも切望している。


 ちょうどリンドベル家は例年の不作と、ナタリーとマリンの散財で財政が破綻寸前だった。

 マリンとテオドールが結婚しアークレイ侯爵家と身内になれば、資金援助をして貰おうとフィリップは考えていたのだ。


 リリアが見つからないことは、その計画の頓挫を意味している。


 今までのように良い暮らしも出来なくなるし、下手したらお気に入りのアンティークコレクションも売り飛ばさす羽目になるかもしれない。


 それだけは避けたかった。

 そんなフィリップの気持ちをマリンは汲み取っていた。


「頼んだぞ、マリン。お前ならきっと見つけられる」


 懇願するように、フィリップは言った。


「任せてください、お父様」


 大きく、マリンは頷いてみせた。

 フィリップも退出した後、マリンは大きく息を吐いて。


「もし、逃げたのだとしたら……」


 ギリッと歯を鳴らす。


「絶対に許さないわ、お姉様。必ず探し出してやるんだから!」


 怨嗟の篭った目で、マリンは言った。


 ──まさか、死に戻ったリリアが100億マニーを獲得してハールア王国を脱出し、フラニア共和国で生活基盤を整えているなぞ知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る