第15話 食後のお散歩

「うっぷ、食べすぎちゃった……」

 

 お店を出た後。

 パンパンになったお腹をさすりながら、リリアは言葉を漏らした。


 油断したら食べた物も漏れてしまいそうなほど満腹だった。


 最初に頼んだ豚と牛料理に加えて、鳥や羊料理も食べてしまった。

 今までお腹いっぱい食べたことがなかったのでわからなかったが、自分のお腹の容量はかなりのものなのかもしれないとリリアは初めて自覚した。


 軽く三人前くらいは平らげた気がするが、お会計は1万マニーもせず良心的だった。


 外食の相場には疎いが、格式ばった高級料理店に入るより、満足度が高いお店だったのではとリリアは思った。

 

(とりあえず、ちょっと歩こう……)


 腹ごなしと観光もかねて、リリアはしばらく散歩をすることにした。


 街灯の明かりがレンガ造りの道を照らす中、リリアはトコトコと歩く。

 たくさんの人々、時折走り去る馬車に紛れて歩く自分は今、自由なのだと実感した。


 いつもなら屋敷の炊事や洗濯に奔走している時間だが、自分を縛るものは何もない。


 その事実に、心が軽く、震え上がるほどの喜びを感じた。

 足取りは軽やかに、リリアは街を巡る。


 途中、お手製のアクセサリーを扱うお店を見つけて立ち止まったり、満腹のはずなのにクレープの屋台で別腹を満たしたり、さすらいの大道芸人のショーを見て手を叩いたり。


 初めての異国の地は見るだけで楽しく、リリアはつい時間も忘れて歩き続けた。


 しかしそうしているうちに、リリアの足は次第に繁華街から遠ざかり騒がしい風景が少なくなってきた。


 街灯の間隔も広がり、古びた建物や閉ざされた窓が増えていく。

 心なしか、人々の笑顔や活気が少なくなってきた。


「……あれっ?」


 気がつくと、リリアはなんとも物寂しいエリアに足を踏み入れていた。


 周りの雰囲気が一変して、リリアは不安げに周囲を見渡す。


 古びた建物はあちこちで壁が崩れかかっており、落書きが描かれていることが目立つ。


 地面にはごみや破片が散らばっており、いかにも治安の悪そうな酒場からはどこか歪んだ笑い声や怒鳴り声が漏れている。


 薄汚い水たまりの周りで疲れ果てた顔をした人々が囁きあっていて、その傍を目の光が鈍く衣服がぼろぼろの二人の子供が手を繋いで歩いていた。


(ここは、いわゆるスラム街という場所かしら……?)


 今まではフラニア共和国の煌びやかな部分しか見てなかった。

 しかし、徹底された資本主義で経済発展を遂げた国にもしっかりと、闇の部分がある。


 お金の心配など一切無い富裕層もいれば、今日のご飯にも困る貧困層もいる。


 リリアはこれまで、フラニア共和国の華やかな部分しか目にしてこなかった。

 街の煌びやかな灯りや賑わい、絢爛たる建築物と文化の発展。


 しかしその裏には、徹底された資本主義の影響で形成された深い格差も存在する。


 急激な経済発展を遂げた国でありながら、その恩恵を受けられない人々がこのような場所で日々を過ごしている。


 富裕層が豪華な宴を楽しむ中、ここでは次のご飯をどうするかという切実な問題に直面していた。


(は、早くホテルに戻らないと……)


 長居していたら、何か面倒事に巻き込まれてしまう気がする。

 そんな直感がリリアにはあった。


 先程からチラチラと、見窄らしい格好をした男がリリアに視線を向けている。

 

 こんな場所に女の身ひとりでうろつくのは危険だと、流石に世間知らずのリリアにもわかる。


 すぐさまリリアは引き返そうとし……。


「なに抵抗してんだよてめえ!」

「おらっ! 大人しく殴られろや!」


 荒い声と鈍い打撃音が鼓膜を叩き、リリアは思わず振り向く。


 ボロボロの衣服を纏った男性が、若者二人に容赦なく打撃を受けていた。

 男の表情は恐怖と痛みに歪み、くぐもったうめき声を漏らしてただ無慈悲に殴られ、蹴られているだけだった。


 一瞬、リリアは頭が真っ白になった。

 しかしすぐに、本能が叫んだ。


 関わっちゃいけない、逃げたほうがいい、と。


 しかし同時に、理性が囁いた。


 このまま見捨てていいの? と。

 

 ぐっと、リリアの拳に力が籠る。


 なんの抵抗も出来ずに暴力に晒されるがままの男の姿が、昨日まで家族に虐げられていた自分と被って──。


 気がつくと、リリアの身体は動いていた。

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