第14話 美味しいものを好きなだけ

「わああ……」


 パルケの中心地の繁華街。

 目に映る光景に、リリアは感嘆の声を漏らした。


 パルケの繁華街は、産業革命の息吹を背景に新しい建築と伝統的な街並みが織りなす魅力的な場所だった。


 古びたコブルストンの道路には、新型の蒸気エンジン車や馬車のライトがちらほらと煌めいている。

 道路沿いには錬鉄製のランタンが連なり、温かな光が街を照らしていた。


 道ゆく人々はエレガントなドレスやスーツに身を包んでいて、いかにも裕福そう。


 建物は背が高く、どれも5階以上あった。


 美味しそうな食べ物の看板を掲げた飲食店や屋台。

 貴金属を扱う店も充実していて、星のように煌めくジュエリーをショーウィンドウ越しに人々が眺めている。


 テラス席のカフェからは、アコーディオンやバイオリンの生演奏が街を一層ロマンティックに包んでいた。


 マニルよりも確実に発展していて、活気のある繁華街だった。


「どこで食べよう……」


 歩きながら、リリアはきょろきょろとお店を物色する。


(パスタにピザ、肉料理もいいわね……ああでもお魚も捨て難い……これは異国の料理みたいだけど、どんな味がするのかしら……ううう、たくさんありすぎて目移りしちゃう……)


 選択肢が多すぎて完全に選びきれなくなっていたリリアだったが結局、とあるお店の前で美味しそうな肉の香りが漂ってきてふら〜っと入店してしまった。


 店内に足を踏み入れると、賑やかな空気がリリアを取り巻いた。

 笑い声や大声での会話、食器やカトラリーの音で店内は活気に満ち溢れている。


 壁際の二人かけ用の席にリリアは通された。

 渡されたメニュー表に記載された値段を見るなり、リリアは目を見開く。


(どの料理も2000マニー以上……!! なかなかね……)


 実家にいる時はまず口にすることを許されない値段の料理たちに、リリアは若干尻込みした。

 しかし一般的なレストランとしては少しグレードが高いくらいだし、今は現金で30万マニーを持っているのだから、値段のことはこの際考えないことにした。

 

 どれを食べようかうんうんと悩んだ後、注文を済ます。


 一人でレストランに入るという経験は初めてで、リリアの視線は忙しなく周囲に注がれた。


 さほど広くない空間には、ウッド調のシンプルなテーブルと椅子がぎっしりと並べられ、お客さんたちが食事を楽しんでいる。


 お客さんは家族連れや作業着を着た男といった庶民的な層が多かった。


 他のお客さんたちが食べる料理に思わず目がいってしまい、リリアの胃袋がきゅうっと音を立てる。


「アップルグレーズの豚バラステーキと、ガーリックバターのサーロインステーキね! お待ちどうさま!」


 ほどなくして注文した品が、目の前にドンッと出された。


「はわああああ〜〜……」


 思わずリリアは目を輝かせた。


 アップルグレーズの豚バラステーキは、甘酸っぱいリンゴの香りとこんがり焼かれた豚ステーキが調和してきらきらと光っていた。


 一方のサーロインステーキは、バターの濃厚な香りとガーリックのアクセントが効いており、肉の赤みとともに香ばしい香りが漂っていた。


 付け合わせのフライドポテトは揚げたてらしく、表面がほのかに油を纏っている。


 食前の祈りを捧げてから、リリアはまずアップルグレーズの豚バラステーキから口に運ぶ。


「……!?」


 リリアの瞳が目一杯見開かれた。


 肉はフォークとナイフがスッと入るほど柔らかく、肉汁が溢れ出し、リンゴの甘酸っぱいグレーズと絡み合う。

 舌の上で甘さと旨味が混ざり合ったかと思えば、リンゴの爽やかな酸味が味を引き締めった。


「んんん〜〜〜っ…………」


 フォークを咥えたまま、リリアはパンパンッと膝を叩いた。

 肉料理は記憶の限りほとんど口にしたことがない上に、味付けも美味しくて感動するしかなかった。


 次に、サーロインステーキを口に運ぶ。


 牛肉特有のしっとりとした食感と共に、バターのクリーミーさとガーリックの風味が口の中で広がり、深い旨味と共に喉を通る。

 付け合わせのフライドポテトも一緒に食べてみたら、もう大変だった。


(お、美味しすぎる〜〜〜……!!)


 目を輝かせ、リリアは心の中で叫んだ。


 フォークとナイフが止まらない。

 美味しくて、美味しすぎて、ただただ夢中で肉を頬張った。


 お昼にパンを食べた時みたいに、また目の奥が熱くなる。

 慌てて水を飲んで心を落ち着かせた。


 それからまた、食事を再開する。


 あっという間に二つの皿は空っぽになった。

 ポテトの最後の一本まで綺麗に食べたら、名残惜しさが到来した。 


(お金は、ある……お腹の余裕もある……つまりまだ、食べられる……!!)


 美味しいものを好きなだけ食べられる。

 なんと素晴らしいことか。


 極限まで空腹だったリリアの理性は吹き飛んだ。


「す、すみません、追加の注文良いですか!?」


 完全に飢えた子猫と化したリリアは、メニュー表を手に店員さんを呼ぶのだった。

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