第9話 優しいスタッフさん

 ホテルで倒れたリリアは、何人かスタッフに支えられ病院に連れてこられた。


「栄養失調ですね」


 リリアが倒れた原因を、医者はその一言で説明した。


 簡易ベッドに寝かされたリリアを見下ろしつつ、医者はどこか怒った様子で続ける。


「なぜこんなになるまで食べなかったのですか? 最近流行りの食事制限でもしていたのですか? 細身になりたいという気持ちはわかりますが、栄養をあまりにも摂らなさすぎると命に関わりますよ」


 今まで同じような理由で運ばれてきた者がいたのか、医者は声に力を込めて言う。


 まさか日常的にロクな物を食べさせてもらえなくて、隣国から脱出する際も食べる時間を犠牲にしたのが原因、とは口にできなかった。

 正直に事情を説明すると、医者は確実に虐待を直感して憲兵に通報し、非常に面倒な事態になるのは目に見えている。


「ご、ごめんなさい……」


 とにかく謝るしかないリリアに、医者はため息をついて言う。


「一応、点滴を打って体力を回復させています、しかし、これも一時的なものです」


 点滴と呼ばれる、ハールア王国にはなかった治療をリリアは受けていた。

 細腕に刺された針、そこから伸びる管を通して何やら液体を入れられていた。


 医者の説明によると、この点滴によって体に直接栄養を入れているらしい。


「何はともあれ、まずはきちんと食事を摂ってください。ただ、いきなり重い物を食べるとお腹を壊してしまうので、サラダとか、パンとか、軽いものから口にすると良いでしょう」

「はい、わかりました。ありがとうございます……」


 厳しいながらも親身に食事のレクチャーをしてくれる医者に、リリアは感謝の言葉を口にした。


◇◇◇


 点滴を終えてから提示された金額は3万マニーとそれなりの額だったが、今のリリアにはすんなり支払うことが出来た。


「本当だ、少し楽になったかも……」


 身体に直接針を刺されたときは死を覚悟した。

 しかしこうして効果を実感すると、この国の医療は発達しているのだと思う。


(とはいえ、まだ身体に力が入らないわね……)


未だふらつく身体になんとか鞭打って、リリアが病院を出ると。


「お客さま!」


 朝起こしにきてくれて、病院まで付き添ってくれたスタッフが駆け寄ってきた。


 年齢はリリアよりも四つか五つほど上だろうか。

 背中まで伸ばした長い髪は澄んだブルーで、陽光に反射して水面のように輝いている。


 背の高い体躯はホテルの制服をきっちり着こなし、仕事のできるオーラを漂わせているが、一方で整った顔立ちは柔和で優しげな雰囲気を纏っていた。

 

「い、今まで待っててくれてたのですか……!?」


 ギョッとするリリアに、スタッフは言う。


「申し訳ございません、お客さまの身に何かあったらと、心配でつい……」

「謝るのはこっちの方ですよ! お仕事があるのに、こんな……」

「大丈夫です! 今日は午前中でお仕事も終わりだったので」

「余計に申し訳ないですよ! せっかくの休みなのに、私なんかに……」

「それこそお気になさらないでください。私が気になって、待っていただけなので」


 スタッフはそう言って、優しげに笑う。


「うう……とにかく、ご心配をおかけし申し訳ございません。えっと……」

「あ、エルシーと申します」

「エルシーさん、本当に申し訳ございません。付き添っていただいた上に、待たせてしまって……」

「いえいえ、お気になさらず。それよりも、もうお身体は大丈夫なのですか?」

「はい、この通り! なんとか回復しました!」


 リリアは元気をアピールするべく、両手をパタパタと振った。

 ちょっとクラッときたが、なんとか耐える。


「良かったです! 聞いて良いのかわからないのですけど、何が原因だったのですか?」

「それが、大変お恥ずかしながら……」


 リリアは、医者に説明された内容をエルシーに伝えた。


 リリアの事情がわからない状態だと、ただの食べなさすぎで倒れたというなんとも情けない話に聞こえるが、エルシーは一切可笑しがる素振りを見せなかった。


「……というわけで、とりあえず食事をしっかり摂ることを指示されました、はい」

「良かったあ……」


 リリアが話し終えるなり、エルシーはホッと胸を撫で下ろした。


「何か重病でも患ったのかと、心配でした。大事ではなくて、本当に良かったです」


 心底安心した声色で、エルシーは言った。


 思わず、リリアの頬が緩む。

 他人に気遣ってもらうなんて久しぶり過ぎて、胸が温かくなった。


(優しい、人なんだな……)


 リリアはエルシーにそんな印象を抱いた。


 お金を払ったホテルのお客だから親身になっている、というわけではない。

 エルシーは心の底から、自分のことを心配してくれている。


 今まで悪意の塊のような人々を見てきたからこそ、その逆もリリアは察知できた。


 きっと、道端で倒れている人に手を差し伸べるような方なんだろうと、リリアは思った。


 エルシーが言葉を続ける。


「何はともあれ、まずは栄養を摂らないとなんですね……そうだ!」


 名案とばかりに、エルシーがポンと手を打つ。


「せっかくなので、これからお昼でもご一緒しませんか?」

「ええっ、そんな、これ以上お時間をいただくわけには……」


 ぐううう〜〜。


 ……。

 …………。

 ………………。


 くすりと、エルシーが笑う。


「今すぐ何か食べたいって、お腹が言ってますね」

「ううあうぅうあぁあぅ〜〜……」


 盛大にお腹を鳴らしてしまい、リリアは思わずしゃがみ込む。

 りんご色に染まった頬は熱く、また倒れてしまいそうだ。


「時間のことはお気になさらず。今日は特に予定もないので」


 優しく言ってくれるエルシー。


(ここでお誘いを断るのも申し訳ない、か……)


 そう判断して、リリアは立ち上がる。


「たくさんお世話になった手前申し訳ないのですが……私でいいなら、よろしくお願いします」

「はい、是非!」

「あ、出来ればパンとか、サラダとか、軽い物を食べられる良いお店だと助かります」


 リリアの言葉に、エルシーはにっこり笑って。


「それなら、良いお店を知ってますよ」

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