第6話 脱出

 店を出てすぐ、リリアは国外脱出のための準備を済ませた。


 まず持ち運びに不便なバスケットの代わりにショルダーバッグを買い、その中に証書や現金を入れた。 

 身体の後ろではなく前に入れ物が来るようにして防犯対策も怠らない。


 次にボロボロだった衣服を新しいものに替えた。

 家出少女と間違われ憲兵に連行される可能性を少しでも低くしたかった。


 最後にリリアは商業地区の外れにある闇市に向かった。

 国外に脱出するには、他国への入国証が必要だ。


 通常、入国証の発行には数日かかるが悠長に待っている時間はない。


 そこで、闇市の出番である。

 偽造入国証は、不法入国者や犯罪歴など何らかの理由で入国証が発行できない者にとって必須のアイテムだ。


 一定の金さえ積めば偽造入国証を購入でき、他国に入国することが出来る。

 思い切り違法行為だが、腹を決めたリリアは罪悪感を振り切っていた。


(どうせ一度死んだ人生だもの……)


 そう割り切って、リリアは偽造入国証を購入した。


 経済的に豊かで、治安も良く、ハールア王国と同じ言語を使っていることなどから、前からいつか行ってみたいと考えていた隣国フラニア共和国への偽造入国証だ。


 フラニア共和国は、金さえ積めば永住権を習得できる仕組みがあると、どこかの文献で読んだ記憶があった。


 それらの理由もあってかフラニア共和国は人気の国らしく、値段は300万マニーと他国に比べ随分と高額だった。


 数時間前の自分にはとても払える額じゃない。

 しかし、100億マニーを持っている今となっては砂粒を渡すような価格だった。


 無事、偽造入国証を手に入れた後、リリアは馬車に代わる新たな移動手段、汽車に乗ることにした。


 マニル発、国境の町シャルラン行きの汽車。

 一等車はなんとなく気が引けて、二等車の座席を購入する。


 リリアは汽車に乗り込み、首都マニルを後にした。


 ようやく、リリアは一息つくことができた。


◇◇◇


「終点駅シャルラン! 終点駅シャルランに到着しました! この汽車はこれより車庫に入ります! 引き続きのご乗車は出来ませんので、お降りの支度を……」


 車掌の張り上げる声に押されて、リリアはシャルラン駅に降り立った。

 時刻はすっかり夕暮れ時で、雲ひとつない空で輝くオレンジ色の光に、リリアは思わず目を細めた。


 リリアが本来帰宅するべき時間はとっくの昔に過ぎている。

 今頃屋敷では、リリアがいつまで経っても帰ってこないことにセシルが激怒しているだろう。


 考えると思わず身震いしてしまうが、今更引き返すわけにはいかない。


 随分と消耗した身体に鞭打って、リリアは歩みを再開する。


 シャルランはハールア王国の国境の町。


 ここから入国審査を受けてから、隣国に入国する。

 それから再び汽車を乗り換えて、フラニア共和国の首都パルケアを目指すのだ。


「こちらで、よろしくお願いします」


 入国審査のために通された部屋。 

 リリアは偽造入国証を、入国審査官に提出した。


「ういうい、確認するぜ」


 リリアから入国証を受け取った男は、入国審査官という固い肩書きの割には制服を着崩しやる気なさげだった。


 椅子に座るリリアは平静を装っているが、心臓は激しく脈打っていた。


(もしこの入国証が偽造だとバレたら……憲兵に捕まって……)


 それ相応の罪が課せられるのはもちろんのこと、屋敷に連れ戻されるのは確実だ。

 それからどうなるのか……考えるだけで胃袋が裏返りそうになる。


 背中にはじんわりと冷や汗。

 呼吸も浅くなっている。


 審査官は入国証とリリアを見比べた後、鼻を鳴らして言った。


「お前さん、若いのに度胸あるな」

「えっ?」


 審査官は、リリアに低い声で尋ねた。


「この入国証、いくらで買った?」

「……!?」


 心臓が氷水を浴びせられたみたいに飛び上がった。


(バレてる……!!)


 最悪の事態が到来した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る